◆1997年の觀測の結果に關しては特に090゚Ls邊りでの觀測に就いて#205 p2295の1997 Note (7)で細かく記述した。例えば、伊舎堂弘(Id)氏の10 Mar 1997 (089゚Ls)のω=231゚Wからω=302゚Wの觀測がある。
◆1997年にはもう一つエリュシウムに絡んで結果があり、比嘉保信(Hg)氏などのエリュシウムの二つ玉朝雲の觀測である。107゚Ls 邊りでの觀測であった。詳しくは#197 p2179での報告を參照されたい。
◆1997年の最接近には093゚Lsであったのに對し、1999年の最接近は132゚Lsであったから、1999年はエリュシウム活動の後半が觀測された譯である。
◆先ず、比嘉保信(Hg)氏の26 Feb 1999 (102゚Ls) と3 Mar 1999 (105゚Ls)の像を示す。前者はδ=10.0"の時のものでω=232゚W、エリュシウム・モンスの地方時は15:30LMTである。後者は前號#232p2752の上段の像の續きである。既にエリュシウムは最初のω=138゚Wで出ている(エリュシウムは09:00 LMT)が、ω=187゚Wでは正午過ぎになっている(12:20LMT)。この時期の特徴は朝霧がエリュシウムを覆って、朝から可成りの明るさを保っていることである。
◆季節が000゚Lsから180゚Ls迄の間は太陽は北半球を照らす。それにより起こる大氣循環については#200 p2232の1997 Note (2)に縷々記述した。
要約すると火星の大氣は稀薄な爲に、夏季には寧ろ白夜の北極域が暖まる。その結果、北極冠からの水蒸氣は上昇して赤道の方に流れるが、コリオリ力によって、自轉より遅く中緯度上空に水蒸氣を含んだ暖かい空氣が蓄積される。これは正午線邊りで氣壓が低くなることを意味し、朝方の低い大氣を誘い込む、と同時に、高みの氣塊は次第に下午側で冷却され、山岳では水蒸氣が凝結する様になる。更に夜間に入ると、大氣は沈下し、朝を迎えると低空の水蒸氣を含んだ西風となって中緯度ではN線の方向へ誘い込まれるかたちになる。從ってそこでは當然朝霧が強くなる。然しN線に近附くに連れてこれは霧散する。再びN線を過ぎて午後へ入ると山岳雲が顕れるようになり、こうして日變化を繰り返す譯である。
◆北半球の水蒸氣は080゚Lsから150゚Lsに掛けて豊富であるが、ピークは120゚Ls邊りであろう(#108 p0931紹介のヴァイキングの結果を參照)。從って、120゚Lsを挟んで午前午後で起源の異なる典型的な現象が見られる譯である。Hg氏の1997年の107゚Lsの觀測の朝雲も上述の午前型の現象である(あとは地形やアルベドーの問題がある)。
◆この120゚Lsの時期、日本からは4 Apr (119゚Ls)から朝霧から顔を出すエリュシウムが觀測出來るようになった。シーイングも概ね良好であった。阿久津富夫(Ak)氏の同日ω=183゚Wは午前の良像である。11:00LMTでのエリュシウムの朝靄を好く描冩している。
翌5 Apr (120゚Ls)には午前午後の幅廣い觀測が揃っている。主な聨續觀測は次の様に進行した:
5 Apr 1999 (120゚Ls, φ=16゚N, ι=16゚, δ=14.4") Mk-086D 13:50 GMT ω=150゚W 09:00 LMT Ak- CCD 13:59 GMT ω=152゚W Mk-087D 14:30 GMT ω=160゚W Ak- CCD 14:45 GMT ω=163゚W Mn-389D 14:50 GMT ω=165゚W Mk-088D 15:10 GMT ω=170゚W Mn-390D 15:30 GMT ω=175゚W 10:30 LMT Mk-089D 15:50 GMT ω=180゚W Mn-391D 16:10 GMT ω=184゚W Mn-392D 16:50 GMT ω=194゚W Id-034D 17:00 GMT ω=196゚W 12:00 LMT Mn-393D 17:30 GMT ω=204゚W Id-035D 17:40 GMT ω=206゚W cited Mn-394D 18:10 GMT ω=214゚W Nj-201D 18:50 GMT ω=223゚W Mn-395D 19:10 GMT ω=228゚W Nj-202D 19:30 GMT ω=233゚W Mn-396D 19:50 GMT ω=238゚W Nj-203D 20:10 GMT ω=243゚W 15:00 LMT朝霧は濃く、ω=190゚W邊り迄はエリュシウムに掛かっている。以後お昼に入り、エリュシウムはエリュシウム・モンスを中心に明るく、ケブレニアとY字形の明部を作る様になる(オリュムプス・モンスも夕端で明るい)。この内午後のId-035D (12:30 LMT) を紹介する。
◆エリュシウム・モンスに掛かる雲は山岳系であって、正午から午後に入ると山頂に懸かり、夕方へ行くに連れて濃くなる。今回は、衝(24 Apr)の頃アメリカでエリュシウムの正午前後の觀測が出來、唐那・派克(DPk)氏が重要な觀測を行っている。ここに掲げるのは24 Apr (129゚Ls)のほぼ四十分毎の像で、カラー合成像では判断が難しいが、B光では朝霧とは別にエリュシウム・モンスに雲が懸かり、獨立して時間と共に濃く明白になって行くのが分かる。地方時は10:20 LMTから、13:00 LMTまで亙るが、正午少し前から際立って來るのが明白である。秀逸な聨續觀測で今季第一の成果である。多分、正午近くには低空と山頂の相乗効果が起こると思われる。
◆五月に入って、日本からは上旬から17 May (140゚Ls)まで觀測された。福井では6 May (135゚Ls)にω=216゚W (11:30 LMT)からω=236゚W (12:50 LMT)迄エリュシウムの内部にエリュシウム・モンスが明るくクッキリと見えていた。更にエリュシウムはω=265゚W (14:50 LMT)まで孤立圓形明斑として明確であった。ω=285゚W (16:00 LMT)では夕端に來ている。#229 p2698には筆者(Mn)のω=245゚W (13:30 LMT)のスケッチを引用した。この日にはHSTの像を#229p2697に引用しているが、地方時は正午少し前である。
ここではAk氏の7 May (135゚Ls)の二像を掲載する。前者はエリュシウム・モンス(Ω=213゚W)の南中であるが、地方時は11:25 LMT程である。後の方(ω=249゚W)は13:50 LMT邊りである。なおこの像にはエリュシウムから南東に靄が喰み出していることが明白である。これはHSTの影像にも出ていると思う。
8 May (136゚Ls)の像としては、p2700のHg氏の像を參照されたい (ω=232゚W,241゚W, 251゚W、地方時は以下の表で判断されたい)。
9 May (136゚Ls)の陳韋龍(WTn)氏のω=253゚Wの像は#227p2665に掲載してある。未だ未だエリュシウム雲は健在である。
17 May(14 0゚Ls)でも未だエリュシウムは朝霧から出る。
◆5 May (134゚Ls)から13 May (138゚Ls)の我が方の觀測一覧表は#229 p2702〜2704に掲載してある。ウトピア關係であるが、多くは競合する。8 May (136゚Ls、ι=11゚)を例に擧げ、エリュシウムの地方時をLTMで示す(8:10 LMT〜14:40 LMT):
8 May 1999 (136゚Ls, φ=21゚N, ι=11゚, δ=16.1") Mn-517D 10:10GMT ω=167゚W 8:10 LMT Mn-518D ω=177゚W morning mist Nj-289D 11:00GMT ω=182゚W Mn-519D ω=186゚W Nj-290D ω=191゚W 9:50 LMT Mn-520D ω=196゚W Mo- B ω=197゚W Nj-291D 12:30GMT ω=201゚W Mo- B ω=204゚W Mn-521D 12:50GMT ω=206゚W E Mons shines Nj-292D ω=211゚W 11:10 LMT Mk-134D ω=213゚W Mo- B ω=204゚W Mn-522D ω=216゚W Ak- CCD ω=219゚W Nj-293D ω=221゚W Mk-135D ω=223゚W 12:00 LMT Mn-523D 14:10GMT ω=225゚W Mo- B ω=226゚W Nj-294D ω=230゚W Hg- VTR ω=232゚W p2700 Mk-136D ω=233゚W Mn-524D 14:50GMT ω=235゚W 12:45 LMT Ak- CCD ω=237゚W Mo- B ω=239゚W Nj-295D ω=240゚W 13:00 LMT Hg- VTR ω=241゚W p2700 Mk-137D ω=243゚W Mn-525D 15:30GMT ω=245゚W Mo- B ω=246゚W Nj-296D 15:50GMT ω=250゚W 13:45 LMT Hg- VTR ω=251゚W p2700 Mk-138D ω=252゚W Mn-526D ω=255゚W Ak- CCD ω=263゚W Mn-527D 16:50GMT ω=264゚W 14:40 LMT◆次いでDPk氏の24 May、25 May (144゚Ls)の觀測を參照する。前者はω=271゚W (14:20LMT)、後者はω=263゚W (13:40LMT)であるが、どちらにもエリュシウム・モンスを被う雲が明るく出ている(BでもGでも)。
◆六月に入って日本ではエリュシウムは9 June(152゚Ls,ι=32゚)頃から視野に入って來た。代表して、この日の筆者(Mn)の觀測を引くと:
Mn-664D ω=259゚W 12:50LMT not whitish Mn-665D ω=269゚W 13:30LMT still reddish Mn-666D ω=279゚W 14:10LMT not so whitish Mn-667D ω=288゚W 15:50LMT limb lightとなっていて、明らかに午後の山岳系雲は弱くなっている。然し、エリュシウムとケブレニアはY字形の明部は成している。局所的な砂煙の可能性もある。また、朝霧は未だ弱く見えているが、エリュシウムには懸かりが弱い。水蒸氣量と凝結の關係が崩れてきた譯である。
◆朝霧については既にDPk氏の4 June (149゚Ls)ω=186゚Wでも朝方ではエリュシウム・モンス邊りに弱い雲がある程度で、B光では強くない。わが方の12 June (153゚Ls)のId氏のスケッチとAk氏の14 June (155゚Ls)のCCD像を示す。Id氏のスケッチはω=223゚Wで、10:45 LMTで朝方である。Ak氏の像はω=208゚W、ω=222゚W、前者は9:30 LMTである。既にδ=13"であるが、Bには朝霧が殆ど見られ無い。但し、肉眼には22 June (159゚Ls)までエリュシウム朝霧は確認出來た(梅雨で充分な觀測數は揃わないが)。尚、Hg氏のTingara-Videoには14 Juneなどの像が収録されているので、お持ちのかたは參照されたい。
◆以上で、エリュシウム白雲の活動の後半の様子は概觀出來たと思う。問題の山岳系雲は145゚Lsから150゚Lsの間でVA状態から急速に収束に向かったと言える。以後の夕方のエリュシウムの觀測については位相角が強くなる爲、觀測は適當でなくなる。つまり、次回接近の課題である。