日本初:分割主鏡の位相合わせに成功
概要
2024年6月下旬~7月の望遠鏡整備期間を利用して、せいめい望遠鏡の心臓部である分割主鏡の各鏡の段差を合わせる作業、すなわち反射光の位相を合わせる作業を実施しました。 7月17日には調整後の望遠鏡で星を撮影し、各分割鏡の高さが光の波長程度の精度で揃っていることを確認しました。 これは分割鏡全体が1枚の大きな鏡として機能していることを意味しており、回折限界での高解像度観測に向けた重要な通過点となります。
望遠鏡の理論的な解像度(回折限界)は主鏡の大きさと観測波長の比率で決まり、大きな主鏡の望遠鏡ほど解像度が高くなります。 ただし、せいめい望遠鏡で採用している分割鏡方式の場合は、分割鏡間に大きな段差があると、開口の大きさは分割された1枚の鏡に制限され解像度は低下します。 一方で、地上からの観測では地球の大気揺らぎにより光が乱されるために、理論的な解像度よりも遥かに悪い1~数秒角にボケてしまいます。 したがって通常の観測であれば分割鏡間に段差があっても観測に影響はなく、これまでは焦点位置だけを一致させた状態(いわゆる光バケツ)で観測してきました。
せいめい望遠鏡では大気揺らぎをリアルタイムに修正する補償光学を搭載することで回折限界での観測を目指しています。 今回はその実現に向けたプロセスとして、分割鏡間の段差を光学的に測定・修正する作業を実施しました。
上の画像は左側が位相合わせ後、右側は位相合わせ前(比較用)に、うしかい座の0等星アークトゥルスを短時間露光で撮影した画像です。 どちらの画像も地球大気の揺らぎのために点像にはならず、スペックルと呼ばれる粒状構造の集まりになっています。 左側の画像では個々のスペックルの大きさが下に示した直径3.8 mでの回折限界像とほぼ等しいことから、分割鏡間の段差は十分に小さく3.8mの主鏡全体で光が干渉する状態であることが分かります。
分割鏡の調整手順
せいめい望遠鏡には18枚に分割した主鏡が搭載されています。 分割主鏡には鏡の製造設備の小型化や天文台への輸送が容易になると言った利点がありますが、全ての鏡が同じ場所に焦点を結ぶよう調整するのに高い技術が必要となります。 分割主鏡の調整作業は以下の3段階に分けられます。
1. 角度合わせ
鏡の角度を調整して全ての分割鏡で焦点の位置を一致させる作業です。 この調整を行う前は、1個の星を観測しても18個の像に分裂して写ります。
2. 焦点合わせ
鏡の高さを調整して全ての分割鏡でピントを合わせる作業です。 幾何学的には全ての焦点が完全に一致しますが、各分割鏡の曲率半径にはバラツキがあるため、分割鏡の間には段差が生じます。 大気揺らぎで決まる解像度(日本国内では1~数秒角)での観測であれば、ここまでの調整で十分です。 せいめい望遠鏡によるこれまでの観測は、光バケツと呼ばれるこの状態で実施してきました。
3. 位相合わせ
鏡の高さと曲率半径を調整して、分割鏡間の段差をゼロにする作業です。 鏡の曲率半径は硝材に力をかけることで調整します(下図3の青色矢印)。 補償光学と組み合わせて回折限界での高解像度観測をするために必要となります。 この調整作業はさらに3つの工程に分けられます。
- 鏡の高さを調整して分割鏡間の段差を光が干渉する距離(光の波長程度)以内に追い込む作業
- 鏡に力をかけて曲率半径を揃える作業
- 分割鏡間の段差を光の波長の1/10程度まで調整する作業
分割鏡の位相を合わせても、望遠鏡だけでは大気揺らぎによって解像度が~1秒角に制限されたままです。 回折限界像を得るには補償光学を使って、大気揺らぎにより歪んだ光の波面を元に戻す必要があります。 京都大学では太陽系外惑星の直接撮像を目的にした補償光学装置 SEICA を開発しており、 これと組み合わせることで国内最大の3.8mという口径を100%活かした観測を実施できるようになる予定です。
分割鏡が作る星像
光はある大きさを持つ開口(せいめい望遠鏡の場合は直径3.8mの主鏡)を通るときに波としての性質でわずかに広がります。 これは回折とよばれる現象で、開口が大きいほど広がりの角度は小さくなり解像度が向上します。
星からやってくる連続光(様々な波長が混ざりあった光)は無限に続く波ではなく、有限の区間だけ振動する局在化した波です。 そのため大きな段差で反射した光は互いにタイミングがずれてしまい回折や干渉といった波の性質を示しません。 光が干渉できる最大の光路差を可干渉距離と言い、可視光の連続光だとわずか数μm程度です。 可干渉距離を超えた段差を持つ分割鏡では、同一の分割鏡内で反射した光は干渉するが、別の分割鏡で反射した光とは干渉しない、という状況が生じます。 結果として解像度は個々の分割鏡の大きさ(約90cm)での回折広がりに制限されてしまいます。
ここまでは実験室内や宇宙空間といった理想環境での話で、地上から天体を観測する場合には大気揺らぎによるボケが加わります。 大気揺らぎによる光路差は概ね可干渉距離の範囲内なので干渉は起こしますが、干渉によって強め合う場所・弱め合う場所は中心の1点ではなく、多数に分裂してランダムに分布します。 これが冒頭の画像の粒状構造:スペックルです。なお大気揺らぎは高速に時間変化するため、数ミリ秒以下の短時間露光で撮影しないと平均化されて滑らかにボケた星像になります。
理想環境での星像(回折限界像)も、大気揺らぎにより偶然に光が強め合う干渉を起こしたスペックルも、その最小サイズは干渉を起こす開口サイズで決まることに違いはありません。 そのため、位相合わせ後のスペックル1粒の大きさは開口3.8mでの回折広がりと等しくなり、位相合わせ前は単一の分割鏡サイズでの回折広がりと等しくなります。