ISMO 2013/14 Mars Note (#08)
クリストフ‧ペリエ
近内 令一譯
2012年観測期に我々は、ヘッラス盆地の冬期の状態について詳細な記述を企てた (CMO#410、併せてCMO#409“逸流白雲”についても参照されたい)。2014年火星の季節は進み (4月8日衝時λ=114°Lsは北半球盛夏の初期、対して2012年3月3日衝時λ=078°Lsは北半球の晩春)、冬期のヘッラスの全期間を通しての観察が可能となり、前回の観測所見に加えて、周辺部の詳細を新たに検討することができた。
ヘッラスの冬期の様相の完成
巨大盆地の地面に大気中の二酸化炭素が凝華したときにヘッラスは冬期の状態となる。地球から見ればこのとき、ヘッラスは白く輝いて極冠と同等に明るく―—事実この時期のヘッラスは、極夜に隠れて見えないままの南極冠の張り出した一部であることが明らかになっている。この状態に達するのは南半球の冬至ジャスト (λ=090°Ls)、あるいはわずかに遅れてである。2014年にこの季節になったのは2月15日で、アマチュアによるこのあたりの観測データは残念ながら非常に少ない。MARCI動画を見ても、ヘッラスは像の南端に近くて角度が悪く、あいまいな判断しかできない。少なくともヘッラスは冬至あたりには明るくなり始めたようであり (Brian
COMBS 2月17日、Don PARKER 2月18日
(λ=090/091°Ls)、したがって事象の時間的配列としては2012年と全く同様であったようだ。
図1:自転により正面視界から遠ざかり行く冬期の明るいヘッラス。Dave TYLERの画像
2012年には未だ、以下の2点が懸案事項となっていた:
*着霜したTerby クレーター (285°W、27°S) が地上からのアマチュア画像で捉えられるかどうか。
*ヘッラス内部に見られる暗色部の実態:雲の切れ目か?それとも着霜せず露出したままの地肌か?
南極冠の広がりの北縁としてのTerby クレーター
Terby
クレーターはやや小型のクレーターでヘッラスの北縁やや東寄りに位置し、この巨大盆地を囲む山塊リングの内縁に含まれる。このクレーターは冬の間中霜に満たされるので、ここをヘッラスのドライアイス、すなわち南極冠そのものの最下 (最北) 拡張位置と考えてよいだろう。2012年にはこの小さなクレーターはアマチュアの画像上では見分けられなかった。(訳者註) 図2のヘッラスの総合的地形図参照。
図2:MOLA map (Mars Global Surveyor) によるヘッラスの凹凸地形図。平均標高(ゼロレベル)は黄色で示される;赤色は平均標高よりも4q高い標高を示し、深紫色は平均標高よりも8q低いことを表わす。1:Terby クレーター。2:Alpheus小丘、ヘッラス盆地内部の台地で、少々最深部より高くなっている。3:ヘッラス盆地の最深部、従って火星全表面の最深部ということになる。南が上。
Terbyクレーターは直径171qである。これの意味するところは、すなわち2014年の最接近時には火星の視直径は15.2秒角に達したが、そのときこのクレーターの角直径は0.39秒角、すなわち理論上300o口径の望遠鏡の検出限界であったことになる (輝く霜のおかげで高コントラストであったならば)。
アマチュアの画像で全く曖昧さなくこのクレーターを捉えたのはただ一例と思われ、すなわちChristopher
GOが4月5日
(λ=112°Ls) に35p望遠鏡で得た画像で、このとき火星の視直径は14.9秒角だった。他の高解像度画像の中にはこの部分を、白い小さな円盤としてではなく、ヘッラス北縁の (尖った) 出っ張りとして捉えているものもある。これらの画像の他の部分はGOの画像の解像度と遜色ないのに、Terbyは突起にしか見られない。
図3右に掲げたのはその一例で、2014年4月下旬にバルバドスでDamian PEACHが得た秀逸な画像である (λ=122°Ls)。このような高解像度画像の例でなぜTerbyクレーターが明瞭に分解されないのか説明が難しいが、おそらくこのあたりに漂う白雲や、また特別な例では、青色画像コンポーネントの解像度不足に起因するのかもしれない (PEACHのバルバドスでの画像は、この青色光画像による問題ではないと思う)。
(編集者註*:近内令一は、Terbyクレーター解像の例として、2014年4月4日のAnthony WESLEYの画像も挙げるべきだろう、という意見である。本ノートの編集者脚注参照)。
図3:左はChristopher GOによる2014年4月5日の画像 (λ=112゚Ls)。
右はDamian PEACHによる同年4月27日の画像 (λ=122゚Ls)。
ヘッラス内部の暗色部
ヘッラスは時折り全体的に真っ白に見えることもあるが、冬期中の大部分の期間は、内部に何かしら暗色の部分が明瞭に見られる。ヘッラスの様相の冬化粧の兆しは、まず南半球の晩秋に白雲の形成で始まるので、白雲の下でいつ着霜が生じたか正確には判定し難いこともある;霜も白雲も同じ色調なので (反射能には差異があるかもしれないが。CMO#410を参照されたい)。したがって、暗色部は白雲に開いた単なる穴なのか、それとも霜の降りていない地肌なのか俄かには判断し難い。1997年及び1999年のHSTの画像、2014年のアマチュアの画像のいくつか、そして精密な火星地形図とを比較することで、ヘッラスの内部で霜がどのように振る舞うかより詳細に解明する手助けとなるだろう。図4参照。
図4:ヘッラスの比較マップ。HST画像
λ=089゚Ls:1997年3月10日、南半球の冬至の直前に撮像:明らかに霜はなく、白雲だけしか見えない。HST画像
λ=098゚Ls:1997年3月30日:南半球の初冬で、Terbyクレーターはいまや霜で満たされている。HST画像
λ=132゚Ls:1999年5月1日で南半球冬半ばの様相。ラストの2画像は図3からのGO及びPEACHの撮像のもの。上が南。
ヘッラス内部の少なくとも一か所にはほとんどの期間中暗く見えている部位があり、それ故そこは霜の降りない地域に違いない。そのうちの一つはヘッラス盆地内の北西部の一角を占める湾曲した帯状の地形で、巨大盆地を囲む北側の山塊リングの部分よりは南側だが、盆地のほぼ中央部に位置するやや標高の高い荒れた台地 (Alpheus 小丘) より北側に位置する。この湾曲暗色帯は1999年のHST画像で明らかで、2014年のGOやPEACHの画像でもよく判る。1997年3月30日のHST画像 (λ=098°Ls) ではこの部分はやや白いが、その20日ほど前の3月10日のHST画像 (λ=089°Ls) では同部分には注目を引くほど白雲の集成が欠落している (2010年のアマチュアによる画像でもこの現象は明確に捉えられている)。
この湾曲暗色帯とは反対側のヘッラス盆地内の南東の一角には、冬期のヘッラスの最も明るく見える部分がある(1999年5月1日 λ=132°LsのHST画像、2014年のアマチュアによる画像等参照)。この付近には特定の固有地名はないが、冬の南極冠の最も明瞭で曖昧さのないエッジのように見えるあたりであろう。
ということで、我々はここで、ヘッラスの冬の様相について、それぞれ異なる状況を呈する三か所の地域から切り込んで行けるだろう:
1) ヘッラス巨大盆地の南東の一角は最も気温の低い地域で、常に着霜しており、南極冠そのものと直接連結しているに違いない。
2) 北側の山塊リング部分:極に向いて傾斜した斜面なので、同緯度の他の地域に比べて日射量が少ない。したがって冬の期間中、この部位には白雲の形成や二酸化炭素の凝華着霜が有利に生じやすい。これでヘッラスの北縁を縁取る白い“リング”の形成が説明できるだろう。
3) 上記1)、2)に挟まれた湾曲暗色帯が存在するのは2)と反対の理由からで (Alpheus 小丘の高台の存在により、この部分は太陽に面して傾斜した斜面となるし、また一部水平底面部分も、少なくとも北側山塊リング部の極向き斜面よりはある程度日射量が多くなるだろう)、冬の白雲及び霜の形成には不利な条件ということであろう。火星面全体で最も標高の低い (平均標高マイナス8q) 場所でありながら、そういうことになる。
2016年には、ヘッラスの次の季節ステージを研究する絶好の機会となる:冬期状態の減退、そして南半球の春分の接近に伴う白雲や霜の消散。2014年の火星観測期にもこの季節は含まれていたが、本稿のような緯度帯の地形の研究には、地球からの観測角度が不利な条件だった (南極が視角から大きく遠ざかるように傾斜していた)。
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*編集者脚注:CMO#422(25 May 2014)、Ser3-0705頁の2014年4月6日付けの近内令一の英文LtEも併せて参照のこと:近内はAnthony
WESLEY (AWs) の2014年4月4日撮像の画像(λ=112°Ls)に既に、ヘッラスの北縁に霜で満たされたTerbyクレーターが白い小円として明瞭に見分けられることを述べている。近内は、AWsの適度な画像処理による、模様の最詳細部に至るまで多様性に富んだナチュラルな画像が最も信頼度が高いと考えている。
譯者註:2012年観測期の霜で満たされたTerbyクレーターの地上からの画像による検出については、2012年4月1日20h48mGMT撮像のDamian PEACHの画像 (λ=091°Ls)に写りかかっているのではないか、と譯者がかってコメントしたことがある:
CMO日本語版 第410号2011/12
CMOノート(13):ヘッラス盆地の冬の様相 (クリストフ・ペリエ、近内 令一譯) の稿末の訳者註参照:
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/410/ISMO_Note_2011_13.htm