よくある質問: 初めて望遠鏡を覗いた日本人

「殿。松尾山の小早川勢が、うごき出しましてござる」
馬へ乗った石田三成へ、侍臣の平山惣右衛門が叫んだ。
「何・・・」
平山が差し出す異国わたりの遠眼鏡をつかみ取り、石田三成は松尾山を見た。


池波正太郎『真田太平記』関が原の段(新潮文庫より)

 右図は、関ヶ原の合戦(慶長五年九月十五日、1600年10月21日)のおりに、石田三成が遠眼鏡を使って東軍のようすをうかがったと池波正太郎が書いているのを、挿し絵にしたものです。これはオランダでリッペルヘイが望遠鏡を発明した1608年にくらべると早すぎるように思われます。

 では、歴史文書に残されている一番早い望遠鏡の記録はなんでしょうか。そして日本人として初めて望遠鏡をのぞいたのは誰でしょう?しらべてみますと『セーリスの航海日記』1613年8月3日の記事に、徳川家康に謁見し、さまざまな贈り物をしたことが書かれています。そのなかにperspective Glasse cast in silver Gilteという一文があります。イギリス国王ジェームス1世の親書をたずさえ貿易の許可を得るため来日した英国東インド会社艦隊船長のセーリスが贈り物としてもってきたものです。しかし、この望遠鏡の存在は確認されていません。伝存するとすればリッペルヘイによる望遠鏡の発明からわずか5年後に日本に伝えられたことになります。将軍家の事跡を記録した『徳川実紀』の「台徳院御実紀」巻23の慶長18年8月3日付けには「駿城にては蛮人等拝謁す。イギリス人は猩々緋、洋弓、鉄砲、千里鏡を献じ奉る」と記されています。ということで徳川家康は記録に残されている初めて望遠鏡を覗いた日本人になります。


冨田良雄 2009年10月14日(河村聡人 2022年5月11日改訂)

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