或OAA火星課OBの『夜毎餘言』-その XI
南 政 次
Masatsugu MINAMI
CMO/ISMO #418 (25 January 2014)
XI-1. 辛い年越し： 毎日の仕事量は然程ではないのだが、いつもの怠け癖が積盛りつもって、年末年始は切羽詰まった状態であった。氣の利いた簡単な解決法はある筈だが、それが出來ない。25日のCMO/ISMOの發行日は落とせないので、徹夜でも何でもするが、しなければならないことがあっても、TV見たりしてボケッとなることが多い。十一月から十二月10日の締め切りの福井市自然史博物館紀要の原稿も氣懸かりなことであった。これが済んだときも解放された氣分にはなれなかったのは他のこともあったからだろう。25
December號のCMO/ISMOも済んで、正月に入っても次のCMO/ISMOのことが氣になって落ち着かない。と言って先に仕上げなければならない観測報告の解析など後回しになって、結局あたふたする。パーカーさんの原稿は一月23日に到着したが、これはopeningに來る原稿だから、最初の編集對象だが、單に流せば好いと思っていたのが間違いで、ひどく苦勞した。原稿は『Word』、CMO/ISMOは『一太郎』で編集しているからである。結局判ったことは私は兩者の特性を好く知らないということ、『Word』は版を改める毎に、『一太郎』に意地悪をしていることは判っていたが、『一太郎』の返しが巧くないのではないかと思う。お蔭でパーカーさんの單純流しだけで一晩喰い(行間が揃わないのである)、更に他の處へも波及して、いつものMARSやNo.
418の行なども亂れてしまったということが起こった。根本的な理由が分からないから、應急處置を施したが、形式に五月蠅い私は氣分が悪かった。二月號もWordが來るかもしれないので、また崩れるかもしれないが、慎重にやろうと思っている。夜が白々明けて來て、太陽光が障子に當たると休憩していた食堂兼居間は明るくなるが、我が掌を見て驚いた。皺が重層し、とても我が肉体(の一部)とは信じられなかった。私の首だけでなく、姿勢全體がネジ曲がって來ていることや、容貌が既に急速に老人臭くなって來ていることは知っていたが、仔細に亙って駄目になっているようである。最近は外にも滅多に出ないし、いまどき徹夜するなどということは、『生活習慣病』を聞かされている最中だから、トンデもない話なのだろうと思う。尤も、火星觀測の時期の前半には、夜中から日の出まで観測して來たわけだから(太陽が出ても観測している場合はある。ドームの外に居るときも出來るだけ太陽が眼に入らないようにする)、不健康そのままであったわけで、老人医学的にいえばこのような夜間作業はとんでもないことだと思う。私は小さいときから健康體ではなかったから、自身が七十歳を越えてまで生きるなどとは想像さえしていなかった。そういえば、私が最初に一年を通じて170枚の觀測をしたのは1954年だから、今年で六十年になるわけである。但し、今年はうまく觀測出來るかどうか判らない。パーカーさんも私と同い年で、矢張り六十年のキャリアーで、今回も既に觀測を開始している。彼も最近の写真を見ると、矢張りご老體であるが元氣で觀測を續けて欲しい。
ところで、實際このところ、私は物忘れが酷くなった(具体的には思い出しが酷く悪い)。メモをせよと何處でも言われるが、メモをしておいても蚯蚓(みみず)字では再現が出來ない。三國病院で一月の定期診察の際、主治医の福井大学医学部の宇随先生にご相談したら、日誌を附けなさいと言われた。というわけで、その晩はいろいろ思い出してワープロに打ち込んだ。書く方が好いのだろうけれど、ペン字はうまく書けないし、頻繁な直しに追いつけない。それで、パソコンにそういう欄を作ったが、實際思い出し書きをしたのは最初の日だけであった。三日坊主より悪い。書くと時間の掛かることも難だが、どうも餘り興味のない日常について、意味無く筋書き立てて書くことは面倒になっている處もある。他人の言説もよく分からなかったりする。NHKの『オイコノミア』でピース又吉直樹氏が、弁舌の上手な経済学者の大竹文雄先生から解説を受ける内容も私にはピンと來ないことがあるぐらいである。（オイコノミヤは多分ギリシャ語で、家の管理のことらしいが、エコノミクスの語源と關係があるらしい。但し、私はアベノ何とかは、アベノリスクだと思う。）
既に紀要の校正刷りが來ているが、二週間ほど過ぎているのに、これもなかなか手が着かない。迷惑を掛けるなぁ。多分お叱りの催促が來るだろうと思う。
更には今回は年賀状を全部失禮してしまった。村上さんは來年から書かない旨、今回明記されたが、私はそういうこともなく止めたので、あとでemailでお断り旁々、遅れ馳せでも新年の挨拶をしようと思っていたが、これも適わなかった。四方八方、失禮のしっぱなしで、何事も駄目な感じ。SAFへ會費を送らなければならないのだが、秘書のサーブルさんが退職されたような氣がして、ペリエ君に誰宛に送れば好いか、訊こうと思いながら、一ヶ月も過ぎてしまった。そう言えば、CMOのWebにも新しくなっていないものがあるなぁ。
(4 Feb 2014)
XI-2. 扨て私は： そこで、次に私の記憶力や判断力が怪しくないか、考えながら一寸筆を進めてみる。データの収集力、データの選擇や表記法など含めて、まぁまぁうまく行っていると判断できればそのままWebに載せる心算だが、外部から見て、私の話の論理や議論の展開の仕方にやはり認知症を窺わせるような破綻があるかもしれず、その場合は、感想やコメント、あるいは異議をemailでご指摘下さい。
ここでは、先ず「津波太郎」に關することで始めるが、津波太郎そのもののことではなくて、岩手の田老地区周邊で起こったことのある特質的な或る事柄を簡單に解説してみようとするもので、自然、私の脳髄の程度が外部にも明らかになると思うのである。
(9 February 2014)
XI-3. 津波太郎： 田老は昔から津波で名の高かった處で、津波太郎というのは、そのことから發しているらしい。大津波の紀録は9世紀の貞観(じょうがん)11年から殘っているようだが、特筆されるのはM8.5地震による1896年の「明治三陸地震」の被害で、可成り詳細に、浸水高は14.6m、岩手県の死者・行方不明者18,158人、家屋被害6,036戸などの調べが知られている。そして、1933年のM8.1の「昭和三陸地震」は三月3日午後2:30に三陸の200km沖合で発生した震度5を記録する地震で、津波は地震から約30分後に到達し、浸水高は10.1mが計測され、岩手県の死者･行方不明者2,713人、家屋被害4035戸だったというものである。多分人口も増加し、家屋も多くなっていたであろうが、明治三陸地震より被害は小さく見える。しかし、このときは、政府の調査では、「高台への移転が望ましい」という結論であったようだが、實際には防潮堤を作ろうという方向に流れたようで、理由は漁民は浜を離れられないということがあったようだが、とにかく防潮堤は1934年から営々と作られはじめ、1957年に全長1350ｍのいわゆる第一防波堤が完成するのである。この防波堤の完成直後、いわゆる「チリ地震津波」が世界のあちこちで被害を齎しながら、地震発生22.5時間後には三陸にやって來るのである。このとき、岩手の大船渡市で53名をはじめ、宮城の志津川町(現・南三陸町)で41名などの死者を出し、結局日本では142名の死者・不明者を出したらしい。では、このとき津波田老ではどうであったかというと、これが全く被害がなかったのである。理由は簡單で海水が防波堤に達しない程度の波及でしかなかったからである。届かなければ防潮堤は論外なはずである。ところがおかしなことに、田老は防潮堤のお蔭で被害皆無であったという報道が流れたようである。単に噂が流れたのであるかもしれないが、實際に新聞記者が現地に入らなかったのであろうか。こんな時に推測記事をメディアが流すことなど考えられないことである。然し、そのことが防潮堤が万能であるかのように喧伝され、他の三陸海岸でも防潮堤のブームになるきっかけになったことは確からしい。現在のＷｉｋｉにも「度重なる津波被害を受けた岩手県田老町(現宮古市)では高さ10mの巨大防潮堤が功を奏し、人的被害は2011年の東日本大震災が発生するまでは皆無であった」と記されているが、読みようによっては、防潮堤のお蔭であったという暗示が入って居ると言える。おかしなことに田老でも、防潮堤のお蔭と思っていた人間がいたのか、或いはこれを千載一遇の好機と捉えた土建業が動いたのか(案外防波堤伝説は同じ発信源かもしれない)、1962年から田老の第二防潮堤建設が始まり、1965年に完成、更に第三防潮堤が1973年から始まり、結局両者併せて1083mの新防潮堤を作ってしまうのである。全体で2433mである。
こうした防潮堤が大津波に対して安心できる施設であるかどうか、問題のあるところである。案外、施工側は次のように考えることにしたのかもしれない。2011年の東日本大地震津波による被害を田老に限ってみても 166人の死者を出しながら、全人口の4％程度にすぎない、明治三陸津波では人口の83%に及ぶ1867名の死者・行方不明者を出したではないか、家屋に至っては明治期には100％流失・全壊であったのに、今回は67%に押さえたではないか、というような見方である。然し、明治には100%といっても345戸しかなかったのに対し、今回は67%ではあるが、 979棟の流失・全壊である。これはどうも長大な防波堤建設という都市的土木策から得られる安心度としては低すぎるのではないかと思われる。
私は實際に被害の様子を見たわけではないし、3.11より以前の田老やその防潮堤を見ているわけでもない。ただ不思議なことに、防波堤の両側に人家があったらしい、ということを写真で見ても、無事だった長大な防潮堤(「万里の長城」と言われたらしい)を写真で見ても、3.11津波の後は堤の両側がやられているから違和感を感じる。具体的には、たとえば「画像で見る岩手県田老町の悲劇と防潮堤の破損【東日本大震災】」
http://matome.naver.jp/odai/2130072889754692501
などで、前後の様子は窺い知れる。やたら丈夫な堤と、津波でやられた堤があるようだ。
高台に家屋を移していた町民もいたようだが、第二、第三の防潮堤が出來たということで、また下界に下りてきて、3.11の被害に遭ったということもあったらしい。
さて、これからどうするか、ということに田老なども思案を重ねていると思うが、今月(2014年二月)6日の『朝日新聞』に、「震災後 住民合意を軽視、防潮堤計画 強引に主導」という記事が出ている。これは宮城県気仙沼市小泉地区での防潮堤の勉強会での話である。自衛隊、松下政経塾出身の知事を頂く宮城県は既に防潮堤建設で合意が得られたとし、反対派は「ほんの一握り」と発言しているようだが、内実は一握りではないらしい。高さ14.7m、底辺幅90m、総事業費230億円の計画だそうだ。賛成派の顔ブレを見たいものである。
海岸法は1956年の制定で、これによって全国の海岸はコンクリートで固められてきたらしい。コンクリート・ブロックが矢鱈目につくようになったのはこの法律によるのかもしれない。しかし、その後、防災一辺倒の考え方は捨てられつつあったようで、それは自然保護、環境保護の關心が高まったことと關係があるらしく、海岸法も1999年に「關係住民の意見を反映するために必要な措置を講じなければならない」という條文が入ったらしい。然し、今度の宮城県の対応にはそういう配慮が見られない由である。気仙沼・小泉地区でも県の突然の説明はあったようだが、合意したことはないのにも拘わらず、「特に異論がないので合意したと考えた」とか、ついには「住民は合意した」という報道に換わったらしい。記者クラブの發表だろう。2013年十一月には「拍手多数の総意で了承された」と県は認定し、着工への準備を始めたらしい。安倍政権の国土強靱化で、再び「防災」が前面に出てきているということである。12年度補正予算、13年度当初予算で「防災・安全交付金」が約1.6兆円、全国に配られた由。防災は防波堤建設だけでは無かろうに、ほくそ笑む人間の顔を見たいものである。
(14 February 2014)
XI-4. ミュージック・スタート： 既に前号でお断りしたように、十二月はクリスマス、一月、二月は雪が降る可能性があり、車での遠出は無理なので、ハーモニー・ホール(HHF)の予約はしておらず、HHFの話は書けない。今になってみると、福井は雪は殆ど降らなかった。最近の関東甲信周邊での積雪の話の際も、こちらは殆ど降っていない。案外、三月に降るのかもしれない。四月上旬に降った記憶もある。
というわけで、音楽的雰囲気とは殆ど無縁であったが、眠るときに、枕元の小型のCDプレイヤーで暫くはブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1、2、3番の入ったCDを毎晩(毎朝?)聴いていた。途中で眠ってしまえば、これは幸いである。ブラームスのヴァイオリン・ソナタはポピュラーで、親しみやすい旋律だから、眠る前に聴くのは好いと思ったのだが、持っているCDはどこか拙くて、長続きしなかった。ヴァイオリン、ピアノとも日本人のもので、演奏家の名前は明かさないが、多分録音方法が好くないのだと思う。少し繊細なヴァイオリンの音とやや強引なピアノの音量が合わない様に思う。舞台での演奏ならあれで好いのかもしれないが、録音はやはりヴァイオリンを主にしなければならないだろう。ブラームスもまた録音の時代が来ることまで考えて居なかったのだろう。例えば、第三番の第一楽章にピアノが大きな音量を発揮するところがあるが、例えばバレンボイムのピアノでも私には強すぎるのである。思いっきり叩いている。尤も、ヴァイオリンのズッカーマンも負けず劣らず弾くところもある。しかし、やはりピアノは伴奏であって、ヴァイオリンの音を誘ったり、寄り添うものであろう。舞台なら許されるとするなら、後は録音技術であろう。但し、ズッカーマンとバレンボイムのコンビは全体に優れていると思う。
YouTubeは、第一番はハイフェッツの古い録音を入れる。ハイフェッツはオイ、一寸待て、と思うぐらい速いのであるが、矢張り巧いですなぁ。昔、本人が本名で出る映画を見たことがある。お馴染みの顔を思い出す。但し、クララ・シューマンにそれとなく暗示した「雨の歌」に相当するのは第三楽章で、ここには入っていない。
http://www.youtube.com/watch?v=NJyniDgygWY
もう一つ紹介するのは、第三番の前半で、これはもっと古く、パウル・コハンスキ(1887~1934)のヴァイオリン、アルトゥール・ルビンスシュタイン(1887~1982)のピアノで、音源は1932年のSP、これを2011年に阿佐ヶ谷あたりで、再生録音したものらしい。
http://www.youtube.com/watch?v=T4qctb40WpY
コハンスキとルビンシュタインは同い年のようで、仲が良かったらしいが、 コハンスキは早くに癌で亡くなった(享年47歳)。ルビンシュタインは随分と長生きした。
餘談：弟のレオニード・コハンスキはピアニストで、日本に長く住み、音楽大学などで教鞭を執っている。河上徹太郎は一高時代に休学したことがあり、そのときレオニード・コハンスキにピアノを習ったらしい。生前、徹太郎が小林秀雄にお互いもう葬式は出ないようにしようと言っていたのを憶えているが、徹太郎は1980年に癌で先に亡くなり、小林秀雄が葬儀委員長を務めた。秀雄は1983年没。もう三十年の昔になる、というのはいまの私には驚きである。
扨て、ブラームスのこの録音のヴァイオリン・ソナタに飽いてしまって、いまは枕元のCDを三舩優子(pf)のフランツ・リストに取り替えている。リストは二枚出ているが、いま常時夜毎聴いているのは 「メフィスト・ワルツ」の入っている方である。この盤の録音は綺麗で、私の病気たけなわの時、しょっちゅう鳴らして回復に向かったから恩もあるし、馴染んでいるわけで、いま聴いても實際とても好い音をしていると感じる。「エステ荘の噴水」や「オーベルマンの谷」などはとても気持ちがいい。先のブラームスの音が悪いのは、安物の再生装置(小型ステレオ・スピーカーはONKYO)の所爲かとも思っていたが、そうではなくて、あれは矢張り録音の調節が悪いのだと納得した。
但し、私はリストがそれほど大した曲を書いているとは思わない。好みのブラームスとて折角のメロディーが尻切れ蜻蛉になることがあり、オイ、何とかならないか、と言いたくなることがあるが、ブラームスの眞面目さと構成力は大好きである。しかし、リストは格好良く言えば舞臺藝術家だろうが、単なる技巧家でしかないかも知れない。技巧で人を脅かす人間は、度を超すと黙阿弥になる。小林秀雄はパガニーニの超絶技法の當時のヴァイオリン演奏について、人は驚いたのであろうが、あんな技法は然程意味のあるものではなくて、いまではパガニーニの曲を子供でも彈くではないか、といった意味のことを言っていたと思う。
ところで、リストの「メフィスト・ワルツ」であるが、これは数種あるらしい(YouTubeにはウィーン・フィルの穏やかなオーケストラ・ヴァーションまで入って居る)。ここで言うのは第一番とされるピアノ版で、「村の居酒屋での踊り」という副題が附く。ここではウラジミール・ホロヴィッツ(1903~1989)の演奏を分割YouTubeで紹介する：
http://www.youtube.com/watch?v=WYs6on6JxmA
http://www.youtube.com/watch?v=0sBINRSxN9I
全体、名演だと思うが、轟音も交えて少しcrazyなところはリストの作品に誘発されたと思えば好いと思う。三舩優子の演奏はもっと優しく、狂気じみたところはないと思う。ホロヴィッツのYouTube版は少なくとももう二つあったように思うが、一方は穏やかな方だと思ったけれど、途中で別の曲に聞こえてしまうところがあった。
温厚そうなルビンシュタインのメフィスト演奏も激しいと云えば激しい。熱演の中村紘子や、超絶技法を持っていると評判のジョルジュ・シフラのYouTube版もある。全くリストとその技法追随には呆れるところがあるなぁ。
ホロヴィッツの演奏スタイルは上の無動画のYouTubeでも静止畫像でときどき見られるが、次のショパンのお馴染みバラード第一番の演奏
http://www.youtube.com/watch?v=18620H_z8Uk
で判るように、指を伸ばし気味の独特の奏法である。まだ少し若いようだが、ミスタッチもあるように思う。別の録音では、(雑音が多いが、演奏は美事)これも幾つか節回しの異様な部分がある。
指の使い方は、畫面の右側にあるチンマーマン(Krystian Zimerman)の畫像と比べるとよく判る。チンマーマンは指先を曲げている。これが普通であろうと思う。
ホロヴィッツが日本に来たのは1983年が最初だそうで、惜しいかな八十歳ぐらいになっていた。このとき吉田秀和に「ひび割れた骨董」と酷評されたことを恥じたのかどうか、1986年には望んで日本を再訪し、好い演奏会をやったと言われている。
1986年と云えば、私は火星で臺灣くんだりに居たかどうかで、記憶がないのであるが、ひどいボロボロ演奏でも、ホロヴィッツのファンには堪えられないのだという話を知っているので、これは初来日の時のことであったかもしれない。このときホロヴィッツは医者の誤った薬物處方で薬漬けになっていた所爲で、ミスが多かったということのようである。
ただ、私は未だ若かった(?)から、年寄りなど信じていなかったところがある。サルトルも年老いて誤ったし(ボーヴォワールは1986年に亡くなって、このことは臺北の新聞で知った。彼女はサルトルの惚け具合に心を痛めたが、彼女自身は晩年も聡明であったと思う)、實際年老いた科学者の言うことや政治分野で口裏合わせをする御用学者などの言論の多くは寝言に近いのだが、音楽家であろうと年を食ったらもうお仕舞いだろうと思っていたから、ホロヴィッツの當時の話も然程關心が無かったのであろう。ホロヴィッツの眞髄は、轟音だけでなく、ピアニシモのかそけき音もはっきりコンサート会場の最後尾まで綺麗に聞こえることであったと聞いても、鰯の頭も信心の類であろうと云うわけである。
いまや、私もその年寄りになったが、若いときに時間を無駄にしたという気持ちが無い譯ではない、これは多くの眞面目な老人の抱く感慨であろう。若い演奏家ならボヤボヤしないで早い内に、好い録音を澤山遺して仕舞うことが大事であろうと他人事ながら思う。
どうも遅くなりました。失禮、失禮。(16 February 2014)