常盤優俳句帖III
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(III)
木の實落つ音も十七文字の日記
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2014年
大オリオン跨ぐ地平線無き街よ
片時雨立ち読みの本差し戻す
冬日燦四十九日のハーモニカ
まつしろな錠剤三つ神の留守
ばら色の冬ばら眩暈おさまらず
ちぎり絵のつがひの羊そぞろ寒
死の國へことんと沈む秋夕陽
身に入むや幾重に響く荼毘の経
泣きそうで泣かない空や栗の虫
弦月や臥すればすぐに眠りをり
よく透るどすこいのこゑ豊の秋
御嶽の黒き胎動十三夜
星飛んで王の名前の道しるべ
(布哇 詠)
初秋風真ふたつに開く旅鞄
布哇時に合はす時計や夜の秋
月天心日系人の"BON DANCE"
小鳥来る金のマントのカメハメハ
ジンジャーの花宇宙まで続く道
熔岩の赫きへ星河流れ落つ
身に入むや女神の涙拾ふ旅
マヒマヒのロコモコ天の川わたる
足うらの地熱の記憶秋深む
乾きたる大地にをりし天の川
枕辺へ一ドル紙幣霧時雨
ハワイ語の御礼MAHALO星月夜
鰯雲ひとつひとつのさやうなら
絵手紙の落款「よ」一字送り梅雨
小糠雨鮎菓子の口左向き
イングリッド・バーグマンの薔薇風立ちぬ
みなみかぜ旅券の顏の若かりし
ほうたるほつ風の止むとき星になり
ことわりのひとこと仙人掌花ひらく
キリストはいしずゑ新緑の学校
宇宙より戻りて来たり落し文
大南風エミューのたまご深みどり
木星火星土星炊き立て豆ごはん
ハンカチの木の花何時も我慢の子
カーテンに隠るるひとり夏きざす
さくらさくら母へ最後の隠し事
五線譜に息継ぐ印ヒヤシンス
ダージリンきらり蛙の目借時
あそぶためつくるいとまや藤の花
花つつじ白木の柩満たさむか
ふらここの空に突つ込み還らざる
名殘雪黒き釦の糸ゆるぶ
踏切のシグナル遠し芽吹山
糸遊や天に届かぬ観覧車
一十百千萬億兆涅槃雪
はだら野やバス終点の動物園
彼方への短き手紙春の雪
亡き人の聲の記憶や梅暦
綿雪や独り暮らしの独り言
潮騒や相良の梅の咲き初むる
暴風雪大雪警報というのは初めてのように思います。
家の門扉が岡本太郎の作品になりました。
立春大吉走るかたちの蝶結び
瓶詰の蜂の子売られ春隣
玄冬や綺麗な四股の揃ひ踏み
死と隣る生とありけり冬菫
寒月へ身反らして飲む粉ぐすり
一陽来復サラブレッドのラストラン
ペガサスの翼休めし大冬木
とどまるを知らぬ牝馬よ去年今年
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2013年
冬の大三角さよならは云はず
注射待つ硬き長椅子クリスマス
神の留守いちにちひとつ生むたまご
返り花飼葉のにほふ風の道
黒馬のまなこ黒々石蕗あかり
歓声の上昇気流文化祭
だんごむしまるまる秋の行方かな
パルミジャーノレッジャーノ冬近くあり
核融合反応無花果の熟るる
まんまるの銀縁眼鏡秋小寒
手話の指ひらく色なき風の中
豊年やキャンパスを行く馬の尻
ヒップホップステップジャンプ十三夜
音声の途絶えてゐたり流れ星
爽籟や琥珀の中の虫の翅
無患子の鳴るや吾唯足るを知る
台風の来るといふのにそこの猫
お造りのさかな目を剥く野分波
東京へ渡る鉄橋暮の秋
大相撲横浜場所 (2013年10月13日)
ハマつ子の勇む巡業ふれ太鼓
びんづけの匂ひと降りし秋の駅
とつくにの力士日本語にて笑ふ
朝稽古砂にまみれてひかりをり
初切を見つむ親方真顔なる
らうらうと相撲甚句の男前
爽籟や大銀杏結ふ柘植の櫛
赤ん坊抱き巡業土俵入り
昼酒のやや醒め頃や土俵入
湧きあがる地元力士のアナウンス
はね太鼓なき巡業の別れかな
一期なる土俵の土を持て帰る
匙と皿触れ合ふ音や星月夜
那由他まで数へてねむる水の秋
薄明は余命に似たり小むらさき
草の実や駝鳥の革の旅鞄
立待月けふの元気を祝ひをり
十六夜鈴を鳴らして帰りけり
要塞のやうな学校大満月
芋名月指先の塩舐めてゐし
ゆつくりと五躰醒めゆく良夜かな
弦(ゆみはり)の月選ぶならビバルディ
イコールでつなぐ数式天の川
おたよりの読まるるラジオ颱風圏
野分聞く厨火の神水の神
二百十日火星の運河玄くあり
七年の未来予想図小鳥来る
鶏頭花おいてけぼりにされにけり
いづくより星の誕生すいと鳴く
もういちど夫はうむりし佞武多かな
なまたまごひとつまぎれてゐる良夜
炭坑節聞こゆ終戦記念の日
流れ星リムジンバスは空港へ
芋虫に胸のありけり俄か雨
がつたんと鳩の箱開く原爆日
日常の中の無常や百日紅
やはらかくつなぐ手四万六千日
(四尾連湖抄五句)
四尾龍神起こさぬやうに捕虫網
糸蜻蛉風の隙間に交みをり
鍬形虫(くわがた)のあたまひとつの生きてゐし
生まれきし蝉を乾かす星あかり
キャンプの灯みづうみぞめくこと知らず
夏燕雨の匂ひの一限目
年上の生徒とゐたり半夏生
句敵の忘れてゆきし白日傘
夏帽子被ればねむる赤ん坊
ひだるしや開ききつたる薔薇の蘂
おほかたは遠き星々瀧の上
明るさの中の網膜沖縄忌
まなうらの残像うごく梅雨晴間
かたばみの花いつまでも蟠
ひとりごつひとつばたごの花の下
新樹光陶土の残る爪の先
(隅田川巡り五句)
花水木人形問屋並ぶ街
若葉風船宿古き段梯子
緑さす亀清楼に郁夫の画
東京の佃煮辛し樟若葉
涼しかり翡翠の餡の三笠山
弥生尽土鍋の中のあをきもの
あすはけふけふはきのふに散る桜
ひとひらは数多のはじめ花筏
飛花落花成吉思汗の応援歌
中学生の始球一球養花天
花吹雪ホームベースの遠かりし
花の冷え書架に「殺しのテクニック」
人ひとり待つバス停のさくらかな
初顏の鳥に呼ばれし朝櫻
互の死知らぬふたりよさくら咲く
夕ざくら誰も渡らぬ青信号
ジーンズの浅きポケット花三分
花ひとつふたつみつよついつうつつ
はつざくら思ひの丈の紅を引く
初ざくら今朝旅立ちのEメール
花馬酔木銀の鈴には銀の音
三椏の花生還とそれ以後と
ふきのたう包む新聞震災日
花辛夷朝のはちみつ透き通る
メトロポリスメガロポリスよ霾晦
薔薇の芽や太極拳の抱く空
紫雲英野を独り遊びのをはりなき
遊園地跡の大学つくづくし
猫さかる逢魔が刻の箒星
創世記一章の空胡沙来る
天空の蒙古襲来鳥交る
ゆつくりとここからめくる春の空
中華街のジャズバー更けてゆく朧
ひとつ家のひとつともしび雛の日
ミヨソティス星はしづかに通過せり
茎立や小惑星の接近中
啓蟄の世に出づるこゑこここここ
雛祭るこころにひとつ羅針盤
松の芯余命宣告越えてをり
マペットの手足からころ寒き春
覚めて寝て覚めて四温の雨激し
うたよみとなりしをとこや木の芽風
十日目の消残り雪よ喪のはがき
ささなきやひざしとどかぬ台所
冬深む楕円の中の星の地図
一級寒波来る一本の脊椎骨
ひとりゐの道ひとすぢの雪を掻く
しろがねの大蛇の鱗落つる雪
胸の扉こじあけてゆく雪をんな
はつゆきの轍は坂を上りきる
ほほゑみの頬のてつぺん日脚伸ぶ
寒晴るる片足立のフラミンゴ
円おほきく描く体操寒四郎
白菜半分嬰児のやうに抱きてをり
松納め新潟日報にて包む
花びら餅うつすら雲のやつてくる
人の日の五臓満足してゐたり
寿の貼られし卵寒に入る
淑気満つ土鍋にひとり分の米
あらたまの百の葉書に百の蛇
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2012年
みなちがふ神を拝みぬ年一夜
かはるものかはらざるもの冬銀河
天狼を射抜く光の飛礫かな
荒星やあにおとうとのあはひより
背合はせの三角定規木枯来る
捨つること能はぬ暮らし冬の鵙
ポケットの蜜柑陣中見舞かな
水つぱなすすり眞白き聖歌隊
九条葱筮(めどき)のやうに抜きにけり
蜜柑一房小さく開く母の口
しぐれ来る実験室の窓明り
メタセコイア閑かに冬の風となる
太陽の歪みて墜つる寒さかな
十二月糸張りつめし糸電話
タートルネックセーターに首老いにけり
ひひらぎの花紅差さず会ひにゆく
朴落葉にんげんの声よく透る
漣の円の中心小六月
名前なき坂の途中の熟柿かな
十一月がんばつてゐる足二本
北風の生るるみなみのうお座かな
いますこし空明くあれ木通の実
ハンプティダンプティ夜食の後に来る眠気
弦月や草臥れてゐる膝小僧
いざよひや狐の面の鼻のつん
音沙汰や一直線に秋の雲
金木犀郵便配達素通りす
一生に二度観る舞台楝の実
もう一度会ひに行きたしゑのこ草
聘珍樓萬珍樓や空高し
秋真昼甘栗売りの痩せてをり
背側から反す秋刀魚の焼加減
牧閉ざす天の綿羊一列に
薬品庫の鍵ポケットに肌寒し
うぶすなのことのは聞こゆ望の月
踊り唄ふつと途絶えし星の間
行き合ひの空高くあり学院歌
マリンタワー秋光たばねれば銀色
マリンタワーのガラスの床やそぞろ寒
とんがらし七人きやうだいゐて四人
神集ふ天に八十八星座
キャラメルの箱のどうぶつ秋深し
二百十日くるぶし白きをとこかな
あさがほの種うつし世を生き急ぐ
かあさんはこはきがよろし草の絮
立ち上がる黒子四人や律の風
目薬の染むる一滴休暇果つ
星合の夜は鳴らない壁時計
いなづまの小枝に散りし雀かな
妖怪道五十三次稲光
月白や坂の向うの笛太鼓
生きてゐることたしかめし秋の蝉
骨の鳴るラジオ体操つくつくし
終戦日夜行列車のあかりかな
坂鳥や如己堂赤き屋根瓦
底紅や一会の別れ早かりし
生と死と生に傾く凌霄花
塩昆布のごはん一膳秋立つ日
線香花火一束解きひとりなる
鍛錬会にがうりの蔓のびるのびる
素手素足カレー食べたくなりにけり
紫陽花や天文台に人をらず
ひとつづつ消ゆるシナプス螢の夜
ぬれてゐる水のからだのかたつむり
子燕の飛び立つ降らず照らずかな
鉄砲百合の黄の弾丸に撃たれゐし
ライ麦のパンに蜂蜜百合ひらく
マチネーの猫しなやかに歌ふ夏至
茂みから雀ぽろぽろ安息日
そらいろのそらのそこまでソーダ水
みづき咲く天にあまたの父と母
山手百十一番館花樗
山法師フランス山を下りて海
楽しみの先の楽しみ薔薇黄色
六月の赤きトロッコ列車かな
方舟を降りし緑の中にあり
保津川の舟子兄弟風青し
鉄漿の若き太夫や迎へ梅雨
切り分くる蕪村の俳菓五月闇
旅一夜一会のほたるぶくろかな
ラベンダー星のおしやべり果てしなし
芒種日輪金星の影ひとつ
掩蔽のあとの太陽青山椒
なんぢやもんぢやひらく金環日蝕帯
天清和横浜地方気象台
夏あさきあぢさゐ色のこんぺいとう
鳩サブローに会ひし鎌倉青葉風
五指深く陶土に埋め風青し
ぶらんこの空を残して帰りけり
白きもの白きまま濡れ夏隣
白猫のもらはれてゆく薄暑かな
いちはつの水の分かちし光かな
涼しかり新大関の富士額
地の塩の一粒なりし旅はじめ
冬鴉懐刀しのばせり
ちょんちょんぱっちょんちょんちょんばっ冬雀
金平糖こきこき噛んで雪の来る
一粒の大白鳥や水鏡
寒四郎柴犬赤き靴履けり
春寒や孔雀の羽の数多の眼
立春大吉騾馬の蹄の音低し
春一番鳴子こけしの首鳴らす
にはとりのこゑ割れてゐる余寒かな
うづたかく積まれしたまご建国日
遺されし人體解剖圖譜二月
忘却やひかりの中のいぬふぐり
エンゼルの箱のキャラメル山笑ふ
パイプオルガン卒業の日の主を称ふ
うららけし人より長き尾てい骨
まんばうの流されてゆく暮秋かな
神さぶる秋の金魚の増えてをり
暮れやすし己愛しむ猫の舌
まつすぐに進めぬ田螺茂吉の忌
蝌蚪の紐白日の夢手繰り寄す
万愚節白き陶器に注ぐ乳
日イヅル日クル日クル叫天子
人文字の描く校章風光る
ひこばえやよろこべいのれとゑすのいふ
さへづりや南京錠の小さき鍵
啓蟄や巻き癖とれぬヨガマット
犬の尾の先つぽの骨春北斗
山笑ふ墓前にふたつ握り飯
春昼の十万里ゆく觔斗雲
しつぽから孵化してゐたり春の昼
かぎろひや指の先までフラガール
かたかごや微気象といふ空気あり
けぶるほど雨降り彼岸太郎かな
エッシャーの騙し絵辿り彼岸寒
王飛角金銀桂香歩春分
うぐひすや待たせつづけし親の墓
洗礼名マリアの葬儀囀れり
春日傘おとなになつて逢ふトトロ
清明の坂のぼりゆくシニアカー
花を待つ背中合はせのひととゐし
忘れ得ぬもろもろさくら咲きはじむ
暮れ方の金星色のさくらかな
慟哭やさくらの中のさくらいろ
赤心のひとつあやふき桜かな
花明り身籠りしこと告げらるる
新しきスポーツシューズ桜どき
花冷えや正時を鳴きし鳩時計
花の雲ひとに快癒のちからあり
金星のすこんと動く桜山
あしたには明日の約束八重桜
ジャグリングの青年ひとり花は葉に
半仙戯おとなの足を持て余す
紋白蝶魔法解かれてゐたりけり
朱鷺白きひかりとなりし清和かな
玄鳥白き胸襟ひらき鳴き合へり
チケットのおひとりさまやつばくらめ
ネクタイの白衣先生五月来る
●2011年
冬の薔薇衛兵まばたくこと知らず
ふくろふよ星の発条つよく捲く
十二月フェリス坂の下に待つ
北風に梳かれコッカースパニエル
居残りの神と隣るや日向ぼこ
神の留守土俵に上るをなごかな
神集ふ天に八十八星座
まほろばに遠呂智(をろち)しづませ神集
神還(かみかへり)赤福餅を土産とす
冬の月蝕宇宙胎動始まりぬ
むささびの鳴く夢現ゆめうつつ
一陽来復切り分けられしドイツ菓子
ホイッスル鋭く鳴りし年の果
右の手をつつむ左手年一夜
ゆきばんば歩幅大きくなりにけり
ふくろふよ星の撥條つよく捲く
親不知子不知冬の鴉かな
さむくなる目玉の中の硝子體
はつ冬や小船のやうに靴そろへ
驛辨の魚の一切野分だつ
月光へ緩きカーヴのハイウエイ
夕月やすももの味のみすゞ飴
ああいへばかういふ秋の風すこし
初風へ開きて長き足の指
扱かれてゐるたうきびの赤き髭
八月の艸に埋もれし耕運機
夜濯の空さかさまのヘルクレス
乾きたる鐵の門扉や夏の月
虎縞の遮斷機跳ね上がり炎天
人せはしなんぢやもんぢやの花咲けり
月ひとつ太陽ひとつ葱坊主
栴檀の花もう會へぬかも知れぬ
ぶらんこの下の太陽濡れてをり
窪みたる地球にゐたりしやぼん玉
もうのぼることなき教壇木々芽吹く
あはゆきやつきつはなれつゐるつもり
亀鳴くやとんとん拍子なんてうそ
きさらぎやひとゐてひとのこゑ聞かず
冬帽のうさぎの耳の眠たさう
太陽のジャム閉じこめし寒土用
文語譯舊約聖書雪催
大寒の人つこひとりいない月
頬合はせさよなら冬の大三角
三寒のアキバ四温のオカチマチ
寒卵こつこつ生きてきてひとり
大寒のざらめざらざらしてゐたり
陽だまりの蜜柑陽の色して孤獨
一月の新しき星見つけをり
放鷹の聲ぞ愛しき御空かな
驛傳の終はりたる頃鳥叫す
はれの日の夫婦鷹匠空廣し
振り鳩のまだ生きてゐし鷹野かな
鳴く聲にすこし遅れし鷹の鈴
うさぎ跳んで新しきことまたひとつ
約束のやうに二日の明けの星
音階のひとつと思ふ初御空
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