阿久津富夫・臺北市立天文臺

『火星通信』#090 (10 August 1990)所載

臺北市立天文臺を訪ねて

Tomio AKUTSU visited the Taipei City Observatory

阿久津 富夫 (Ak)

●・・・・・・・去る六月9日(1990年)から四日間、勤め先の旅行で臺灣へ出掛けました。臺北市に二日間泊まり、その間臺北市立天文臺を訪ねることが出来ましたので、その様子をご報告してみたいと思います。

　今回の訪問では事前に南さんから蔡章獻臺長へ紹介していただきました。今回の目的は、南さんがかつて二度の火星接近で観測された例の25㎝屈折望遠鏡を拝見することと、その惑星像を確かめること、それに臺灣の天文事情を知ることなどでした。25cm屈折で覗くほうは天気が生憎悪く果たせず残念でした。臺灣の梅雨は日本の梅雨より早く、六月前半は駄目だろうということで覚悟はしていましたが、気流の良い条件下で土星を観望したかったと思います。

　さて、臺灣に着いたのは午後で、夕方には臺北の麒麟大飯店(ガイドブックでは低いランクのホテルでした)に到着。夕食後、蔡章獻先生にお電話し、タクシーで天文臺へ向かいました。タクシーの運転手に乏しい英語で少し話し掛けてみたところ、「こんな時間(夜の9時)では天文臺へ行っても入れないよ」と忠告してくれましたが、「知り合いがいるから大丈夫だ」と納得させました。臺灣の車の状況は日本より烈しく（特に排気ガスで空気が悪い）、タクシーの運転も横にスライドしながらの神風タクシーで、恐い思いをしました。天文臺に着くと、蔡先生は玄関先で雨の中、私の來台を半時間近くお待ち頂いたとのことで恐縮してしまいました。案内された臺長室は本や資料が所狭しと積んでありましたが、ここで蔡先生から日本語で圓山天文臺の事や、臺灣の天文ファンの様子などをお聞きしました。蔡臺長は今年67 歳だそうですが、以前『天文ガイド』で拝見した写真の蔡先生より少しお窶れのご様子でした。持病のことをお聞きしましたのでその所為かもしれません。私が日本から持参したお土産や天體写真をお渡しすると、かわりに天文臺の発行している天文雜誌（臺灣版『天文年鑑』など）や絵葉書を紀念に頂きました。

　話の一段落したところで、25㎝屈折の入っている三階のドームに案内して頂きました。ドームの入口のドアは頑丈なステンレス製で造られ、最近補強した形跡もあって厳重そのものでありました。25cm屈折F/15(五藤光学製)は流石に長い鏡筒で、ドーム一杯に収納されて少々窮屈な感じがします。機械は1971年製で、その時代が感じられる代物でした。筒が長い為に、レンズキャップの取り外しも結構大変の様子ですし、天頂を観測する場合プリズムなしでは床に寝転んで見る体勢になりそうでした。今年の火星は相当首が痛くなるだろうことは間違いありません。

　隅には以前使っていた西村製の41cmカセニュートンの筒と架台が哀れな姿になっていました。ドームの窓には鉄棒が張られ、まるで監獄の雰囲気でしたが、「あー、あれがそうか！」と納得しました。また、床に水が貯まっていたのは、雨漏りの所為でしょうね。

　屋上に出ると、ハイウェイや街の夜景が美しく、特に目の前の圓山大飯店（臺灣一のホテル）がそれはそれは美しい光景で驚いてしまいます。およそ天體觀測する場所としてこれくらい夜景の綺麗な所も珍しい。月惑星以外はその氣さえ起きないし、期待できないところです。蔡先生のお話によれば、何十年も前は空が暗く、南十字星が見えていたそうですが、今では夢物語です。

南さんがおいでの頃と変わったことでは、天象舘の屋上に小さなスライディングルーフ式の觀測所が出来たことで、五藤の12.5cmED屈折(MX-II)が入っています。

　天象舘の展示施設はプラネ投影以外一通り見せて頂きましたが、昔の博物館の印象に似ていて懐かしい感じがしました。天體写真ではかつて職員であった張麗霞さんが撮影した火星と木星の写真がよく整理されて掲示されており、その写りから気流の良さが察せられました。お話では、新しいプラネタリウム舘(天文科學教育館)が既に出来上っている筈の頃なのだそうですが、実際には用地のみ決まっているもののなかなか進行しないそうで、随分と時間の掛かるのはお国柄かも知れません。尚、プラネの機械はツァイスの傾斜式が入る(直径25m)とのことで、蔡臺長得意顔でした。

　天文臺には圖書室もあり、中文、英文の他、日文の私の知らないような古い日本の天文関係の書物なども数多く保管されています。勿論最近の日本の天文雑誌も全部用意されていました。また、当夜、職員の陶蕃麟氏がたまたま残っていられ、英語と蔡さんの通譯で火星や掩蔽觀測のことを話しました。陶蕃麟氏は臺灣では数少ない掩蔽の観測者で、アメリカなどから情報を得て、年間 100 個ぐらい觀測するとのことです。1988年の火星スケッチも見せて頂きました。今年も觀測されるかどうか尋ねたら、「視直径が小さいので觀測はしない」という返事でした。残念なことです。

　今回は数時間の訪問で一部分の見学でしたが、蔡先生、陶さん有難うございました。臺灣では望遠鏡が高価なためか個人が買って見るところ迄はまだ充分普及していないようです。だからこそ市民の為に開放される施設が必要であり、その意味では市立天文臺の存在は大きいと思いました。今後ますますの発展を願って訪問記の終わりとします。　

(19 July 1990)　

　Tomio AKUTSU (Ak) visited the Taipei Observatory, Taipei, Taiwan, Republic of China on 9 June on the occasion of an excursion to Taiwan planned by the company he belongs to. The Observatory is the place where M Minami stayed and observed Mars in 1986 and 1988, and Ak wanted to use the same refractor that Minami used to watch Saturn on the night, but in vain because of rainy weather (Taiwan was in the rainy season up to mid-June). Ak felt that the refractor is rather classical (made in 1971 by Goto Opt Comp Japan) and was impressed with the long tube because it is of F/15.

　AKUTSU was received cordially by Director C.-H. TSAI, 67 of age, and they enjoyed a conversation in Japanese. The Director told him about the history and present status of the Observatory as well as the circumstances of amateur astronomy in Taiwan. Ak presented several astro photos of his own to the Director and received several publications of the Observatory.

　Ak also met Fan-Lin TAO, who is a No.2 of the Observatory and also a friend of Minami. Ak once used to be absorbed in the observation of occultations and this is common to F.-T. TAO, who checks about 100 occultations a year. Ak asked also whether Tao will watch the red planet this year (1990), but TAO's reply was "Maybe No, because the apparent diameter will be smaller" which disappointed Ak. AKUTSU on the other hand felt that the so high-upped Mars this year will broke the neck of anybody who uses the refractor in Taiwan. (Minami so will not visit Taipei this year.)

　Ak was also shown every facility: He was most impressed with the library where old Japanese books on astronomy were collected. He saw also a new sliding roof equipped with a new 12.5cm ED refractor which was not present when Minami stayed in 1988.

Another thing he was very impressed with was the view from the Observatory: too beautiful or too bright, and he felt that the Observatory might not be able to watch anything but moon and planets. The photo here cited which shows the Taipei observatory is taken by AKUTSU this time: The leftmost dome accommodates the 25cm refractor.

　Ak is thankful to 蔡章獻臺長 (Director TSAI) and 陶蕃麟老師 (TAO) for their using time during his stay at night.

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