宮崎勲1988臺北

『火星通信』#044 (25 January 1988)所載

臺北訪問記 (1, 2, 3 January 1988)

Mr and Mrs Isao MIYAZAKI Visited Taipei

宮崎勲 (My)

●・・・・・・・本土は今年暖冬とのことですが如何お過ごしでしょうか。沖縄地方も大変暖かな日が続いており、とても冬とは思えない陽気です。夜には、カエルやキリギリスの声を耳にします。本土の五月頃の気候でしょうか。さて、お正月の台湾訪問は、先に電話でお話しましたように、とても楽しい旅でした。張麗霞さんにはすっかりお世話になってしまい、蔡章獻台長からは暖かい心遣いをうけ、夫婦ともども大変感謝しております。

　今回の旅行は、十二月31日沖縄那覇空港出発の三泊四日のツアーでした。しかし、飛行機が大晦日の夜中22時35分のチャーター便ですので、実質三泊三日です。年の変わる真夜中に台北入りしましたが、まず目に入ったのは派手なイルミネーションに飾られた大御殿で、一目でそれが音に聞く圓山大飯店と判りました。大御殿は私達の泊まったホテル(美琪大飯店)の客室からも遠望できましたが、手前の台北市天文台のドームがそれに比べてひどく小さく感じられました。

　張さんとは、元日の午前9時にホテルのロビーで会う約束をしておりました。私は張さんのお顔は存じません。約束の時間の少し前に、フロントで両替書類にサインしていると、それを覗いていた女性が突然“ミヤザキサン！”と大声で叫んだので大変驚きました。そして、張さんが（お世辞抜きに）笑顔の魅力的なお美しい女性であることに再度驚かされました。その日はまず張さんの案内で天文台へ行き、蔡台長にご挨拶致しました。蔡臺長とは、全くの初対面でしたが、お忙しい中、天文台や台湾のアマチュアの活動等についてお話を伺うことができ、天文台を案内していただきました。蔡臺長は張さんのお手紙にあったように昨年通風で足を痛められ、暫らく入院されていたとのことですがお元気そうでした。

　お昼前にプラネタリウムを拝見しました。投影時間は確か45分で、冬の星座の説明に始まり、星雲星団の紹介、南極・北極での星と太陽の動き等々の解説です。ナレーションは若い男女の軽妙な会話形式で進められました。私は、プラネタリウムと云えば渋谷の東急文化会館を見て育ったため、私語厳禁・入退場制限の印象が強くあります。しかし、ここでは肩の凝らない投影が満喫できました。ドームの内側にはスライドプロジェクターがズラリ並んでおり、ハレーの時にはそのレンズがしばしば盗まれたと蔡臺長は嘆いておられました。望遠鏡のレンズと間違えられハレー見たさに持って行ったとのこと。台湾でのハレーフィーバーぶりが伺えます。プラネの次は、25cm屈折ドームを案内して貰いました。5mドームの外観はずいぶん大きく感じましたが、中に入ると25cm F15屈折の筒が長い為、少々窮屈な印象を受けました。これは、ドーム内に使われていない41cm反射が転がっていた所為かもしれません。私は台北にスケッチ道具一式を持参しましたが、結局帰国の日以外は、鉛色の空で木星は眺められませんでした。まあ、この時期の悪天候は沖縄も同じですし、私が今まで出向いて満足な木星が見られた試しがありませんので諦めはつきます。

　図書室では張さんの火星のスケッチを拝見しました。張さんは大層照れくさそうにしておられましたが、Grace’s FonsやSolis Lacus 付近のlocal dust storm、八月中旬のXantheに流出した北極雲等々、素人の私にも状況が判るもので感心しました。今年の木星も40枚程スケッチをとっておられ（私よりも多い）、是非コピーを送るよう頼んでおきました。張さんは松本さんや阿久津さんの写真のファイルも見せてくれましたが、これらの写真の同一印画紙上に何コマも惑星像を写し込む技法を知りたがっておられました。阿久津さんのものは白黒のフォトコピーですが、松本さんの近づく火星は、リバーサルからどのようにして一枚にプリントしたのでしょうか？

　台北市天文台の様子は、『火星通信』に南さんが詳しく書かれていたので、レイトンの火星写真やドームの鉄格子と金属の扉、それに狭い蔡台長の執務室等々、見ればナルホドと思うものが多かったです。紹介して戴いたスタッフその他の皆さんも聞き覚えのあるお名前でした（特にPK氏）。　　

　午後からは、蔡臺長の心遣いで天文台の車を出して戴き、故宮博物院を閉館時間までゆっくり見学しました。張さんは展示品の詳しい説明が出来ないと心配されていましたが、あちこちで癖のある日本語のガイドさんが大声を張り上げていたので、それに便乗しました。また、夜は張さんに連れられ、総統府と中正記念堂の夜景を見物致しました。尋常ではないイルミネーションには吃驚しましたが、南さんもこれには感心されなかったそうですね。ライトアップ反対運動の佐藤健さんがご覧になったら何とおっしゃるだろうかと思いました。しかし、台北の空の明るいこと！夜空には回転サーチライトが華やいで、皆さんさぞかし御苦労されていることと存じます。三日目は謝朝義さんの運転する天文台のワゴン車で高速道路を走り、華族科学遊楽園・小人国・石門水庫を観光しました。高速は片側五車線もあり、道幅の広さには目を見張ります。正月は高速料金がフリーとのこと。先の故宮博物院もやはりこの期間入場無料でした。こういう国民へのサービスは、お金持ちと云われている日本国政府も見習って欲しいものです。

　最終日は張さんにお願いし、繁華街に土産を買いに出ました。観光客相手の店は馬鹿高いので、ごく普通の食料品やお菓子屋さんに案内して貰いました。ヨメさんは乾し肉と饅頭を山ほど買っておりましたが、私は買物がトンと苦手なので山盛りの鳥の足を眺めたり、グレン・グールドの海賊版を探して楽しんでおりました。途中12時前にはタクシーを走らせ、忠烈祠のロボットのような兵隊さんも見せて戴きました。観光客に囲まれ一時間も直立不動とは全く御苦労なことです。

　台湾で印象に残るのは、やはり食事です。ホテルでの朝食(バイキング)以外は全て張さんに案内して貰いました。大飯店のレストランから観光地の一般食堂、それに市場内に密集する大衆食堂で、それぞれ中華料理を美味しく頂いたのですが、本場の味は日頃私達が食べている中華料理より味がずっと濃厚ですね。尤も、私が辛いものが好きだと言ったので、張さんが濃い口の料理を選んで下さった所為かもしれません。どれも興味深い品々でしたが、ボリュームが見事な上、旅の疲れもあり、食べ残すお皿が多かったことは申し訳なく思っております。一番楽しく印象深いのは市場の大衆食堂です。似たようなマーケットは沖縄にもありますが、規模や品数は台湾が桁外れですし、食堂までは完備しておりません。三軒の店から花枝や肉圓といった珍しい料理をとりました。いずれも味はスパイシーでしたが、南さんのお好きだったという中華風雑炊（名前は忘れました）は日本人好みの薄口で、私もすっかり気に入りました。

　残念だったのは、電話でお話ししたようにホテルで盗難にあい、持って来た荷物の大半を失ってしまったことでしょう。総統府の夜景見物のあと、張さんに木星の写真をお見せするため客室までお越し頂いている時でした。ヨメさんがハンガーに吊していた服がない！靴がない！と言い出し大騒ぎとなりました。調べてみると、残された私の鞄も鍵が壊されており、ドライヤー・電気カミソリ・イヤリングから果てはチョコレート・風呂場のシャンプーまでゴッソリです。私など着ている服以外は全て無くなっており、台北滞在中は着た切り雀でした。お陰で翌日、日用品を買いに連れて行って貰った折、うら若きGrace 嬢の前でパンツを買う羽目となり大変恥ずかしい思いをしました。ちゃんと鍵をかけて観光に出掛けたのですが、ルームサービスのメイドさんが掃除のため部屋の鍵を開けたすきに賊はバスルームに忍び込み、まんまと私に成りすましたとのこと。大逸れたことに風呂場からメイドさんにタオルを貸すよう日本語で要求したそうです。手口からプロの仕業のようです。しかし、不幸中の幸いは貴重品(パスポートを含む)を盗まれなかったことで、特に木星の写真は部屋に残されていました。これは、OAA木星課に報告された1986年の写真全てがファイルしてあるもので、張さんにお見せすると云って重いのを無理して持って来たものです。盗まれたものは皆新しく買えば済みますし、後日ホテルと旅行社が日本円で三万円弁償してくれました。私もヨメさんも特にガッカリもせず笑って旅の思い出にしました。このことで、台湾に対する印象が悪くなったことは微塵も有りません。夜の街を歩いてみれば、やはり治安は良いと感じますし、コソドロは我がオキナワにも本土とは比較にならない程仰山おります（過日も自家用車内からタカハシの単眼鏡が盗まれ、台北旅行中にはガソリンが抜き取られております）。しかし、張さんや蔡臺長にはいらぬ心配をかけてしまい、かえって申し訳ない気持ちでいっぱいです。持って来た荷物は結局半分以下になってしまいましたが、皆さんにお土産を山ほど戴き持ちきれないほどでした。

　台湾は聞かされていた以上に経済発展が進んでいるのに驚かされました。職場の同僚が十年前に台北に二年間住んでおり、いろいろ話を聞いていたのですが矢張り当時とは格段の差があるようです。出発前にはいろいろなガイドブックを読みましたが、四年前に出版されたものなど内容がすっかり古くなっている感があります。お土産に何を持って行けば良いか調べたのですが、例えば林檎など台湾では珍しくて良いとガイドブックにありましたが、市場には最近台湾でとれたものが山積みでしたし、日本のお菓子が喜ばれると聞かされていたのに、スーパーには見慣れたパッケージが並んでいました。税関をうまくクリアーすれば日本の電化製品も大変喜ばれるとの事でしたが、これは最近は現地生産しているようですね。しかし、天体望遠鏡はまだまだ一般の人には高嶺の花なのは、台北市天文台の売店のビクセン10cm反射赤道儀が42,000元(1元約4.7 円)なので良く分かりました。日本の約二倍、あちらの方のサラリーを考えると更にその何倍になるのでしょうか。

　台北市内の車の多さ、運転の荒さにも吃驚しました。オートバイのノーヘル三人乗りに驚いていたところ、張さんは“五人乗りだってあります”とのこと。ヨメさんは張さんに手を引かれ、悲鳴を上げながら道路を横断していました。日本でも珍しい高級外車を頻繁に見ましたが、お金持ちの車でしょうか。貧富の差をひしひしと感じました。

　若い私は、台湾をはじめアジアの人達に日本人がどんなひどいことをしてきたのか、実状を正確には知りません。また、現在の経済侵略をどう思っているのかもこの短い滞在では充分理解出来ませんでした。台湾と日本との関わり合いが今も昔も対等ではないことは悲しいことですね。両者の中間に位置する琉球は、多くの面で台湾と共通していると今回の訪問で強く感じました。台湾の人々の生活・文化をより理解するためにも今後とも何度か訪れたいと考えております。　　　　　　　

　(1988年1月10日)

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