2005年の火星 (第三稿 2004年十二月27)

 

2005年の火星については、現在発売中の『天文観測年表2005年版(地人書院、2004年十一月10日発行)に『火星通信』の同人・村上昌己と南政次が観測のポイントも含めて概要を載せていますので(p75)、併せてご覧下さい。とくに、一年間の火星の天球での位置は赤經赤緯図で、視直徑、経緯度の変化図については廿日毎に与えられていますから、便利です。火星の物理表についても五日毎にチェックできます。

 

◆火星の最接近はほぼ二年二ヶ月毎に起こりますから、前回の2003年八月の最接近より遅れて、2005年の火星は十月30(3:26GMT)に最接近します。しかし、前回は未曾有の大接近でしたから、今回の視直徑δの推移が気になるところです。そこで先ず、前々回の2001年の接近時の視直徑δの動きも含めてグラフで比較してみましょう:

 

右図から見られるように、最大視直徑δ2003年の25.11”という大きさに比べて2005年最接近では20.17”とやや小振りになり、2003年大接近の七月20日頃、また最接近後では2003年十月3日頃の大きさです。簡単にいえば、2003年の最も条件のよい時期の七月後半から十月初めまでの約二ヶ月半がすっぽりと抜けた接近ということになります。最大視直徑は2001年と比べてもやや小さいのですが、それでも前々々回1999年の最接近では20秒角は実現していませんから、條件としては未だかなりの大きさです。

 

しかし、同時にもう一つ注目しなければならない點は、上の図で明らかなようにLsを横軸にみると視直徑変化のコブがずれている點です。Lsというのは火星から見た太陽の黄經(Areocentric Longitude of the Sun)で、火星の季節λを表します。λ=090°Lsが南半球の冬至、λ=180°Lsが南半球の春分、λ=270°Lsが夏至、λ=360°Ls(=000°Ls)が秋分です。從って、この図から分かることは2003年の火星は夏至前の火星面をよりよく見せてくれたのに対し、2005年では南半球の夏至から秋分に掛けて姿を顕わにすることです。2005年最接近時、火星の季節はλ=316°Lsあたりで、一方2003年の場合はこの季節が実現した時はもう十二月なかばにずれ込んで、視直徑は10秒を割っていたのですから、格段の違いなわけです。2005年の最接近の頃の火星は2003年には観察しようにも、既によくない條件にあったということ、つまり2005年の最接近時は2003年では観察し得なかった火星を呈示してくれるということです。グラフを見ると、λ=290°Lsあたりで、2003年の曲線と2005年のそれが交叉します。從って、これ以降、つまりほぼλ=290°Ls以降は2005年の方が有利ということになるわけです。今回はこの季節、2005年九月中旬に訪れ、δ16”近くになっています。2003年の十一月や十二月のλ=290°Ls320°Lsには、條件が悪くなっていましたが、ターミネータからの飛び出しや、黄雲の発生が見られましたから、今回はこうした状況をもっと有利な状態でチェックが出来るわけです。2005年はまだ中央緯度φが南半球を指していて、南極地域の観察には向いています。特に南極冠のλ=300°Ls以降の極小期の観測の絶好機となります。

 

上の図で示されているもう一つの特徴は、2001年までは最接近前より急峻に火星が近づいてくるのに対し、大接近後の接近では、前半はより漸近的であるということです。2005年年初、視直徑δ4.2”λ=137°Lsですが、λの歩みに比べて視直徑δはゆっくりしています。δ10”には七月12日頃、15”に達するのは九月10日頃です。漸近的に近づいてくる火星は二月上旬に射手座近くにいて赤緯は南緯24°あたりまで降りていますが、次第に高度を上げて夏には魚座まで達し、北緯あたりに來て、七月12日には西矩(太陽から黄經で90°先に昇り、從って夜明けに南中)になります。しかも視直徑δ10秒に達しますから、初心者にも観測の好機に入ると言えるでしょう。夏休みは朝方の観測ということになります。

その後の火星の若干のデータを上げると次のようになります(GMT)

 

   西 矩  七月12日 δ10.0” λ=247°Ls

   近日点  七月17日      λ=250°Ls

       十月01日 δ17.8” λ=298°Ls

   最接近  十月30日 δ20.2” λ=316°Ls

      十一月07日 δ19.9” λ=320°Ls

      十二月10日 δ15.4” λ=338°Ls

 

最初の留以降は火星の動きはゆっくりとしており、赤緯は北緯16°あたりを彷徨しますから、高度の低かった2003年夏に比べて、格段の違いの好条件です。

 

なお、2001年のグラフと2004年の交点も興味のあるところです。λ=250°Lsの近日点あたりですが、2001年の観測ともほぼ同じ條件で比較出来ることになりますから2005年の注目点です(欠けの向きは左右反対ですが)2003年の結果は言わずもがなですから、三回続けて同じ季節の結果を得ることになります。

 

 十月30日の最接近ころには中央緯度φ15°Sほどあり、火星の南極地方が地球に向いていて、南半球高緯度の観測に好い条件になっています。2003年の接近時には今回の最接近時の季節λ=316°Lsに達したとき、視直径δは既に9.8秒角まで小さくなっていましたから、極少になっている南極冠の観測は、今期2005年の方が遙かに有利です。火星面経度Ω=03W方向に偏芯して融け残っている南極冠の最終状況は、見る角度により様々な姿を見せる事と思います。

 

 2005年に見られる現象としては、λ=250°Ls(2005年では七月中旬)からのノウゥス・モンスNovus Mons(アメリカではミッチェル山とも呼ばれます)の分離と消滅が観測対象となります。同時期には南極冠内部の振る舞いとその外周の様子も興味深いものがあります。また、その後の南半球高緯度の様子にも注意が必要で、例えば今回と似た1990年の接近時にはλ=320330°Ls 頃にヘッラスHellasに奇妙な明るさが見られました。

 

 タルシスTharsis地域やオリュムプス・モンスOlympus Monsなど山岳部に掛かる白雲の午後の振る舞いも興味深いものがあります。オリュムプス・モンスに懸かる午後の山岳雲はλ=200°Ls(2005年では四月下旬)以降は活動が停止します(オリュムプス・モンスは明るく円く見えますが、白雲と反射による輝きを区別しなければなりません)。タルシス三山の様子もそれぞれが違うのですが、一番南にあるアルシア・モンスArsia Monsは長く活動を続け、近日点通過の前のλ=250330°Ls 頃に白雲活動の小さなピークがあります。ただし、2001年には黄雲の影響で流石のアルシアの白雲も活動を停止して黒点のように見えました。したがって、こうした白雲は砂塵の振る舞いの影響を受けますから重要な観測目標です。これらの白雲現象はccd撮像の場合、波長漏れのない純正な青フィルターを使用して観測するのが望ましいことです。オリュムプス・モンスの活動についても日没のあたりの監視が重要です。こうしたことはωの計算を前もって行い、狙うようにしなければなりません。

 

 λ=290°Ls 以降が2005年では2003年の大接近の時より有利な大きさで観測出来ることは前にも述べたとおりですが、それ以前に南半球は夏至(λ=270°Ls)を過ぎており、南極冠の融解が進んでいて、黄雲の発生が見られる季節に入っています。接近前とはいえ、火星の季節変化は毎年同じではなく、視直径は不十分ですが黄雲の発生に注意深い監視が必要です。2001年にはλ=185°Lsで全球的に拡がった大黄雲が発生しています。

 

 北極地方は火星の傾きから観測が難しいのですが、北極雲の活動に関しても注意が必要です。マレ・アキダリウムM AcidaliumやウトピアUtopiaなど北半球の低地の暗色模様を北極雲が覆うときがあり、この地方が見えるとき注意深く観察するのが必要です。同時にクリュセChryse付近や、ネイト・レギオNeith RからアエテリアÆtheria付近がマレ・アキダリウムやウトピアとの関連で北半球の重要な観測域です。とくにクリュセ付近にはたびたび白雲混じりの黄塵の活動が見られますので監視が必要です。

 

 もう一つ2005年の観測対象として、火星での閃光現象の可能性があります。同じ様な接近条件だった1958年にソリス・ラクスSolis L付近で日本から観測されています。今年、反射条件が整うDE=Dsとなるのは、十一月8日頃です。視直径はまだ19.9秒角を保っていて、この現象の観測も興味深いことです。この点についてはすでに別項に記してありますので参照してください。

 

 

 

◆次回稿ではこれまでの歴史的なこの時期の観測 (例えば1984年のローヱルやバーナードの)との比較などを述べること等を考えています。

村上 昌己(Mk)、南 政 (Mn)


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