CMO 2001 Mars Report #23
2002年四月後半・五月前半の火星面觀測
16 April 2002 (359°Ls) 〜 15 May 2002 (013°Ls)
OAA東亜天文学会 火星課 『火星通信』
♂・・・・・・愈々今期の火星も終焉である。今期の範囲は
16 Apr 2002 (359°Ls) から 15 May 2002 (013°Ls)
であるが、五月初めに視直徑δは4秒角を割り、高度も低くなって困難な状況となった。正確には、16Aprでδは4.2"、15Mayで3.9"であったが、急に太陽の光芒に入ったような感じであった。ただ、季節は北半球の春分まで來た。φは10°Sから1°Sへ戻ってきた。Mk氏は28 April、2 Mayに西空の五惑星を總嘗めしたようであるが、火星が一番小さかった由。
♂・・・・・・今回報告のあったのは次の觀測である:
9 Drawings (18, 22, 26 April;
480, 400×20cm ED Goto refractor*
MORITA, Yukio 森田 行雄 (Mo) 廿日市 Hatsuka-ichi,
Hiroshima, Japan
2 Sets of CCD Images (
f/50×25cm speculum equipped with an ST-5C
MURAKAMI, Masami 村上 昌己 (Mk) 藤澤 Fujisawa, Kanagawa, Japan
2 Drawings (28 April; 2 May 2002) 370×20cm peculum
*福井市自然史博物館屋上天文臺 Fukui City Observatory
♂・・・・・・18 Aprは丁度000°Lsであった。筆者(Mn)はω=220°W〜230°Wを見ていたが、暗帶は見えるものの、北半球に何かあるが捉えきれない。南極域も明るいが、朝霧から北極雲も見える。φ=10°S。22 Apr(002°Ls)はω=170°W〜190°W、似たようなものだが、暗色模様は朝方が濃い。20°C。26 Apr(004°Ls):この頃になると夕没を待たないとコントラスが出ない。ω=140°W〜150°W。南極域の明部は絞まっている。北極雲の周りには淡い暗部があるように見える。28 Apr(05°Ls)にはMk氏が觀測、10:00GMTの觀測だから矢張り火星は見附け辛くなっている。ω=130°Wで、マレ・シレヌムの暗帶と南北極の明部をチェックしている。δ=4.0"。この後、水星をスケッチしている。20 Aprから待機していたようであるが、この日まで天氣が悪かった模様。Mk氏は更に2 May(007°Ls)にω=091°Wで觀測、ソリス・ラクスを狙っているが、暗部があるものの不分明。北極域は大きく明るい。南極域にも明るさ。久しぶりの快晴で五惑星肉眼で確認出來る。Mo氏は何度か試みているようであるが、報告は11 May(011°Ls)ω=011°W〜018°Wの範囲。R、G、Bの區別が附かないほど何も冩らなくなっている。IRに安定した模様が縁にあるが、好く分からない。筆者の觀測は13 May(012°Ls)ω=340°Wの邊りが最後になった。夕没前からの觀察だが、低くて暗色模様は殆ど掴まらない。朝方の明るさがあり、この北極寄りは北極冠かとも思うが定かでない。ヘッラスの方はやや明るい。18°C。Mk氏と同じ2 Mayは福井も上天氣であったが、Virus騒ぎでタイミングを逸した。10日には足羽山の觀望會で水星その他の筈であったが、曇った。以上の状況をみても今後然程の成果が望めないことから、今期の觀測はこれでお仕舞いということになろう。
♂・・・・・・今期の火星は想いも掛けず極めて魅力的であった。模様が見えず殘念であったという風な話が美國で出ているが、それは素人さんで、こんな千載一遇的事件はそうお目に掛かれないのである。誰をも聳動させるほどの事件でありながら、凡暗なプロや報道が無關心であったのは資質の問題である。われわれにとっては豫想を越えるような振る舞いが多々あった譯であるから、觀測甲斐も一入であった。今回の事件はまた、多元的な把握を必要としたからInternet時代に全く相應しいものでもあった。emailによる情報交換無しに火星觀測に從事するなどということは最早考えられないが、昨年はその實證の絶好の端境期の機會になった譯である。今年は、更にこうした觀測方法の變更をどの様に推し進めるべきか考える時間としなければならないだろう。
Mk氏は時間的に不都合が多く、多忙でありながら、今回觀測総數277、内報告數234を熟した。開始は4 Jan 2001 δ=5.4"、最終2 May 2002 δ=4.0"となる。Mk氏は觀測の他、CMO關係のemail通信を發受信し、CMO-Webを充實したものに保ったという功績がある、と同時にその經驗から常にuptodatedで今回の黄雲の動きについては最も好く體感的に把握していると思える。今年は引越しなど煩瑣な多忙が重なる様だが、ご自愛の上、來年に備えて欲しい。Mo氏は睡眠時間を割いてまで觀測に挑み、シーズン中はAk氏、Km氏とccdの三本柱になって、好くCMOを支えていただいた。途中emailの事故や、赤道儀の故障があったのは甚だ殘念であったが、來年の踏まない轍としていただきたい。筆者(Mn)は27 Oct 2000 δ=4.0"から開始し、今回の13 May 2002 δ=3.9"迄、最終はMn-1088Dということになった。一シーズンで千枚を越えたのは初めてである。1986年が998枚で、これまで最多、火星が最も低いときに觀測數が最高を紀録するというのは不思議と言えば不思議である(1954年も然り)。Id氏からの報告は今回も待ったが、未到着であった。從ってId氏は13 Mar 2002 δ=4.6"でのId-274Dが最終となろう。Id氏は西の端での肉眼での確認者として非常に重要な存在であった。來期の早期開始を期待する。何れにしても皆さん大過なく魅惑的なシーズンを終え、共に喜びたい。
南 政 次 Masatsugu MINAMI
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