1996/97 Mars Sketch (7)
from CMO #205 (25 July 1998)
--1997年三月のエリュシウム--
▽CMO#187 p2030 (英文p2033) で述べたように、1997年三月上旬末(090°Ls邊り)に日本からエリュシウムが火星の午後面において白色に輝くのが見られた。これは明らかに水蒸氣による白雲であった。エリュシウムは高地であるから、その理由には #201 の Sketch (3)で分析したことが當てはまる。後で述べるように二月の上旬 (075°Ls邊り) にも日本からはこの邊りが觀測されたが、白色のコアはそれ程強くなかったので、三月の様子は極めて新鮮であった。
▽比嘉保信(Hg)氏のヴィデオ収録集にも、9Mar、10 Mar、11Marの影像があり、午後のエリュシウムの一部が鋭く白く輝いているのが見られる。10Mar ω=218°Wでは、ヘッラスよりエリュシウム・モンスが面積は小さいながら強く白い。これに對して15Marには朝方のエリュシウムを捉えているが、明るいものの然程白くはない。
▽10Marには伊舎堂弘(Id)氏が午後のエリュシウムを時間軸で追っていて見事である。それを列擧すると
Id-076D 10 Mar (089°Ls) ω=231°W
Id-077D ω=241°W
Id-078D ω=250°W
Id-079D ω=260°W
Id-080D ω=270°W
Id-081D ω=280°W
Id-082D ω=289°W
Id-083D ω=302°W
と13:20GMTから18:10GMTまで四十分毎に觀測している。エリュシウムは最初から明確であるが、特にId-079D頃から顕著になる。Id-082Dで夕端に消えかかってくる。Id-083Dでは殆ど隠れている。Id氏には9Marにもω=300°Wの觀察があるが、同じい。10Marのιは07°で、Id-080Dでエリュシウムは午後4時頃である。
▽福井での中島孝(Nj)氏と筆者(Mn)の7Marから11Marまでの觀測の表は英文の部に纏めるが、エリュシウムは5Mar邊りから夕方部で觀測された。Nj氏は
8Mar (088°Ls) にエリュシウムの午後を最初から聨續觀測している(Mnは缺測)。ω=244°W邊りで、極めて目立つ白さを呈した様だ。9Mar(088°Ls)にはNj氏はω=235°Wでは未だエリュシウムの邊りに白黄色の地肌を感じている。筆者(Mn)の同日の觀測ではω=220°WにO56でエリュシウム・モンスを見ているが、ω=240°Wで白色、ω=260°Wで極めて強くなっている。これら一聨の觀測はId氏の10Marの觀測とも一致する。
Fig. ISHADOH's drawing (Id-080D) on 10 Mar 1997 (089°Ls)
at LCM=270°W showing a very whitish bright cloud at Elysium
▽この頃の他の觀測を若干拾うと
Mo-054CCD 11 Mar (089°Ls) ω=250°W(Red)
Id-084D 11 Mar (089°Ls) ω=251°W
Id-085D ω=261°W
Id-086D ω=271°W
Id-087D ω=281°W
Mn-358D 12 Mar (090°Ls) ω=216°W
Mn-359D ω=226°W
Mn-360D ω=236°W
Mn-361D ω=245°W
Mn-362D ω=255°W
Mk-135D 12 Mar (090°Ls) ω=260°W
Id-088D 13 Mar (090°Ls) ω=212°W
Id-089D ω=222°W
Id-090D ω=232°W
等である。Mo=森田行雄氏、Mk=村上昌己氏。
Mo氏の像は赤色であるがエリュシウムは顕著である。Mk氏の例からも分かるように、ω=250°W〜ω=260°Wでエリュシウムが白く輝いたのが、今回の特徴である。Mnの觀測は大津におけるもので、ω=226°Wでエリュシウム・モンスを見ている。尚、以上はエリュシウム・モンスを中心に述べているが、エリュシウム全體とケブレニアがハート型に明るいことは基本的な事柄である。
▽エリュシウムはその後も日本から見えていた。17Mar(092°Ls)にはω=192°Wでエリュシウム・モンスが淡いながら捉えられたし、朝方のエリュシウムは22Mar迄觀測された。一例を擧げると
Mk-141D 20 Mar (093°Ls) ω=186°W
では朝方のエリュシウム-ケブレニアが出ている。
▽エリュシウムは四月半ばから再び視野に入ってきた。エリュシウム-ケブレニアのハート型は十分な明るさがあったが、視直徑のこともあって (12秒角台に落ちた)、エリュシウム・モンスの活動は好く捉えられていない。筆者の觀察では23Apr (108°Ls)ω=206°Wでエリュシウムが幾つかの明斑からなっているのを見ているが、稍黄色味を帯びていた。Id氏も20Apr(107°Ls)ω=241°W(Id-110D)でエリュシウムを稍黄色っぽく記録している。阿久津富夫(Ak)氏の22Aprω=235°WのRedではエリュシウムが可成り明るく冩っている。尚、20Apr(107°Ls)前後には朝方のエリュシウムとその後方に朝霧が強く出ていたことは眼視でもヴィデオ(Hg氏)でも確認されていることは既にSketch(1)に述べてある。これはシュルティス・マイヨルの朝を覆う(その為シュルティス・マイヨルは淺葱色になる)例の朝霧の発達したものであろうと思われる。
▽最後に二月の様子について触れておく。エリュシウムの活動は 5Feb (074°Ls)邊りから見られている。エリュシウム-ケブレニアのハート型の様子の他、7Feb (075°Ls) ω=241°Wではエリュシウムの内部に活動が見られている。8Feb (076°Ls) ω=222°Wではエリュシウムは未だ黄色味を帯びているが、ω=242°Wではケブレニアより白い。10Feb (076°Ls)ω=194°Wでは白くないが、ω=233°Wでは明るさを増している。ただ、δ=11秒角台であった。
(Mn/南政次)