ISMO 2013/14 Mars Note (#12)
クリストフ・ペリエ
近内 令一 譯
地球上と同様に、火星においても春分、秋分は気象学的に重要な変わり目の期間である。2014年観測期では火星北半球の秋分を観測するには不利な観察機会しか提供されなかったが、それでも幾ばくかの優れた観測結果を集めることができた。
昼夜平分時の火星の様相
2014年に昼夜平分点が生じたのは8月14日で、太陽の火心黄経 (Ls) にして180度であり、すなわち火星の北半球の秋分であった。地球から見た火星の傾き(DE:火心赤緯) は非常に好適で、火星の北極はこちらに18度も傾斜していて、北極域の観察は容易であった。他の要素は残念ながら具合が悪く、視直径はその時期すでに7.3秒角に落ちていた。火星の太陽からの地心離角も90度を割り込んでいたが、それよりも何も、日没後に大きく南に傾斜した黄道域に火星が位置していたことが北半球の観測者たちには厳しかった。とは言え、多数の観測者たちが、合衆国南部、南米、南アフリカ、アジア南部、そしてオーストラリア等、地球上の地理的に有利な観測地で粘り強く旺盛な観測を続行してくれたことは有り難かった。図1の図解参照。
図1:異なる日付けでの火星全球の様相の図解:左は2014年4月の衝時、中央は2014年8月の火星北半球の秋分時、そして右は2016年7月の北半球の秋分時。
火星の秋分とは?
火星の秋分の条件は地球のそれと非常によく似ている。どちらの惑星においてもこの時期には、極夜に進みつつある北極域の気温は、同じ半球の温帯域、熱帯域の気塊の気温よりも速く冷却する。この時期の極と赤道の間の温度勾配は、過ぎ去ったばかりの夏のそれよりも高い。この状況はより強い気圧勾配、気団間のより強い風を導き、ついにはストームの発生をもたらす。
火星では、MGSのデータによれば、秋分期の気候の変わり目はλ=160°Lsで始まり、白雲の形成やダストストーム発生の増加が見られる;λ=190°/200°Lsにはこの過渡期は終了して、ポーラーフッドすなわち巨大な半球状の雲の傘が形成されて、冬の終わりの頃までおおよそ極域上空に居座り続ける。ダストストームの頻発領域は二つの地域が知られていて、すなわち低地のアキダリウムとウトピアであることは驚くに当たらないであろう1。ダストストームはこれらの地域で発生して、時間の経過とともに東へ移動していく。
*1これらの地域がダストストーム頻発地帯である理由については、著者のIWCMOでの
口演録:A REVIEW OF THE LAST MARTIAN DUST STORMS を参照:
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn5/2009Paris_Meudon_Talks_CPl.htm
2014年に観測された秋分期の気象学的変遷
変遷の開始:2014年の7月 (λ=155°Ls〜λ= 171°Ls) に得られた画像には非常に明瞭かつ急激な変化が7月中旬あたりで記録されていて、これはMGSによるデータでの気象活動のスタートに一致する時期である (λ=160°Ls に達したのは7月12日)。7月15日からは北極冠は画像上でかなり認めがたくなったが、15日以前には明瞭に見分けられており、15日当日のKm (熊森照明) の画像でも確認できる。並行して、北極域 (NPR) 上空の雲状物は濃度を増して目立つようになってきた;したがってこの観測期の火星北半球の秋分期の気象学的変遷はλ=160°Lsの直後に始まったと確言できよう (図2)。(譯者脚注)
図2:A:間違いなくこの観測期最終の北極冠を捉えた画像の一つ、熊森照明による7月15日(λ=162°Ls) の撮像。
B:Aのわずか6日後 (7月21日、λ=165°Ls)、北極冠はもはや認められない;RGB合成カラー画像では北極域上空の広い範囲をやや黄灰色味を帯びた雲状物が被っているように見える。右の赤外光画像ではそのあたりは異常に明るく見える:Trever BARRY
(オーストラリア) による画像。
C:7月28日 (λ=168°Ls) の森田行雄の画像でも同様の所見が認められる。
北極域の秋分期のダストストーム活動を捉える:すでに述べたように、この地域でのダストストーム活動は、秋分期の変遷が進行中であることを示す気象学的要素である。7月の後半、λ=160°Ls〜λ=170°Lsの時期に、北極域のよく知られた暗色模様のいくつかが近赤外光で異常に明瞭に見えていることを疑わせる画像が何片か得られた。赤外光画像は低解像度であっても、ダスト雲から白雲を見分ける助けになる;すなわちIR画像では白雲は消失する一方、ダスト雲は薄れずに残るからである。
北極域内部のダストストームの最初の明確な証拠が捉えられたのはPaul MAXONによる8月9日及び10日のλ=175°Ls/176°Lsでの画像上で、秋分のわずか一週間前のことであった (図3)。秋分後にもPaul MAXONによって、鮮鋭度はやや落ちるが、ダストストームの見事な画像が得られている。
図3:A:Paul MAXONによる8月9日のRGB合成カラー画像及び赤外光画像。
B:8月10日の同様の画像。ダストストームを矢印で示す。
9月にはNPH (North Polar Hood 北極域雲蓋) が定着し、目だった秋分期の気象学的変遷活動は認められなかった:観測者たちは9月になっても火星を追い続けていた;この月にはNPHは落ち着いたようで、雲蓋の内部のダストストームを再び示すかと思われる画像も数片得られている。その様子は非常に鮮明とは全く言い難いが、まあこの火星の季節においては、白雲と黄雲を眼視観測あるいはカラー画像の観察で見分けるのは困難であろう。ここでも赤外光画像は有用であるが、RGB合成カラー画像も観察しなければならない;というのは、雲蓋の内部のクリーム色はダストを示す証拠であるから (クリームの色調は、ダストの黄土色が白雲でフィルター効果を受けた結果である―この観察のためには非常に正確な画像の色再現が要求される)。
結 論
上記9月の様相は10月初旬にも残っていたが、これもそろそろ終焉を迎え、というのも10月7日、λ=210°Lsの季節に達すると、別な特徴的な気候的シーズンが始まるからである:すなわち北半球の秋の赤道越流ダストストームのシーズンの到来である (λ=210°Ls〜λ= 240°Ls)。前々号CMO#438のNote11を参照されたし:
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/438/ISMO_Note_2014_11.htm
2014年の北半球の秋分期は正常であったようだが、さらなる議論をするにはデータの詳細さが及ばない。これはしかしながら、次期2016年観測期の主要なトピックの一つとなる;何となれば衝はλ=157°Lsの5月22日で、DE (地球直下点の火星緯度) は10゚Nと好適で (しかも衝後に増加する)、視直径も大きい (18秒角以上)。その後ほどなく、北半球の秋分期の重要なシーズンが続くことになる (λ=180°Lsに達するのは7月3日)。
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譯者脚注:ESAのMars Express火星軌道周回衛星のVMCの撮像による2012年の北極域の画像の所見等から譯者が考えるところでは、λ=165°Lsでは北極冠は未だ十分明瞭に見えるだろうと思う。この季節になると明暗境界線に北極冠の一部がかかるようになって、強い周辺減光を受けて、視直径の不利さも併せて北極冠が地上からの画像で捉え難くなるのだろう。CMOの2014年のギャラリーでも、λ=170°Ls近くまで北極冠ないしはいわゆるP-リングが認められる画像があると思う。参考にVMCの2012年のλ=165°Ls及びλ=181°Lsの北極域の画像を添付する:前者は本文中の図2のB画像に対応する。ほぼ秋分の後者では渦状のダストストームが見事だが、永久北極冠周辺のP-リングを半周辿ることができる。
2016年観測期の好条件では北半球の秋分ぎりぎりまで北極冠を追えるであろうか。