ISMO 2013/14 Mars Note (#10)
クリストフ‧ペリエ
近内 令一譯
繰り返し述べてきたように、マレ‧アキダリウム上空に観測された白雲活動は2014年火星観測期のハイライトの一つであった。このCMOノート#10で扱うのはもう一つの火星北半球の盛夏の白雲活動であり、マレ‧アキダリウムの経度の白雲に似ているが活発さではやや劣るものの、火星の季節の進展の重要な道標の一つとなる気象現象と我々は考える:すなわちウトピア地域上空の盛夏の白雲活動である。(脚注1)
活動の概観
アキダリウム上空の白雲前線活動を記述したCMO火星ノート
(CMO#428、#429、及び#432)
で我々が結論したところでは、2014年のこの前線活動がピークを迎えたのはλ=124゚Ls〜129゚Lsの間であり、λ=135゚Ls以降は急激な衰えを見せた。このタイミングが興味深いのは、λ=135゚Lsの季節には火星の同じ緯度帯の別な場所で濃密な白雲の形成が始まるからである:ウトピアがその場所である。以前の科学的文献にもこの現象が記録されている。Research
Online誌に2009年に掲載された論文によれば、Huiqun
WANG (宇宙物理学センター)
とJenny
FISHER (ハーヴァード大学)
の記すところでは
“円弧形の白雲がタルシス地方の北側
(45゚〜135゚W経度域) に出現し始めるのは、初夏
(すなわち北半球の夏至の頃)
に前線活動の配分が途切れた直後
(….) である。180゚〜315゚W経度域に白雲が出現するのは、タルシス地方の北側の円弧状の白雲発生のおよそ一か月後である。”
(脚注2)
これは2014年でも同様であったようで、この年アキダリウム地域は4月の後半から5月の初めにかけて活発であり、一方ウトピア地域は5月中旬/後半から6月初頭にかけて盛んな活動を見せた。
ウトピアの白雲活動の最初の兆候が注目されたのは日本で5月17/18日に熊森照明及び森田行雄によって得られた画像上であった。諸観測者の画像に最も顕著に捉えられたのは5月最終及び6月最初の数日のまさしく北半球の盛夏の折
(λ=135/140°Ls) であった。この頃の画像上では、ウトピア暗部の大部分を覆う白斑として活動が見られることが多かった。白雲の詳細な構造を示すのに十分な解像度を得た画像は皆無であった:この時期既に火星は地球から遠ざかりつつあった。
MGSの画像群では“白斑”は細かい房状の白雲に解像されて写り、対流性の産物であることを示している;これらは地球の積雲に比較できるだろう。
図1:マーズ・グローバル・サヴェイヤー (MGS) によってλ=146°Ls (2003年2月20日)
に観測されたウトピアの白雲。挿入拡大画像には夥しい対流性セルの微細構造が明瞭に示されている (北側のダストストームにも注意、関連性はないが)。Image @
Ashima Research.
図2:アマチュアによる2014年のウトピア白雲の最初の観測。
左から順に:λ=133°Ls (近内令一による5月19日のスケッチ)、λ=134°Ls (森田行雄による5月22日の画像)、
λ=139°Ls (Leo AERTSによる6月1日の画像)、及びλ=143°Ls (John
BOUDREAUの6月8日の画像)
日中の変化
CMOも推奨する撮像を一定の時間間隔で実施する観測法の恩恵を受けて、我々は白雲活動の日中での変化を推定できる。2014年5月31日 (λ=139°Ls) にフランスのXavier DUPONTが得た6画像のシリーズは7h30mから11h00mLMTに渡るものである (LMTはLocal Martian Time。すなわちウトピアの三角形の南端の頂点部の地方火星時を示す)。この画像シリーズは白雲片の時間経過に従う整然とした淡化の様子を見事に捉えている。
図3:λ=139°Ls (5月31日) の火星面の朝方でのウトピア白雲の漸進的な淡化を示す。
時刻は地方火星時。Xavier DUPONTによる画像
(SAFのギャラリーでは彼の作成した動画も閲覧できる):
http://www.astrosurf.com/planetessaf/mars/images/planches/m20140531-XDu.gif
このウトピアの白雲の朝方の漸進的淡化の振る舞いの説明にはある意味頭を悩ます。地球上では、対流が始まるのは午後になってからのことが多く、太陽が下層大気に十分な熱をもたらしてからである。これがよく観察されるのは、たとえば寒冷前線通過後の状況下であり、雲 (そして雨も) が昼過ぎから再活発化する。しかしながら火星上では、ウトピアの白雲活動は朝方により濃密で、午後の間に消散する。この説明として可能かもしれないのは、朝日がいきなり火星の下層大気を暖める結果として明け方に強い対流が存在するという考え方である。そして淡化相が起こるのは、単純に昼日中からの気温の上昇が水蒸気の雲への凝華を妨げるからであろうか?
白雲内部の前線活動
WANGとFISHERがさらに記すには“ウトピア北側の白雲は、通常初めのうちは白斑状 (浅い対流を思わせるケバ立った綿毛状) に見える。それらはときおり、周囲の気流に形作られて前線様の形態を取ることがある”。
前にも述べたように、2014年観測期のウトピア白雲の内部のそのような前線活動を解像するほどには、アマチュアの画像の解像度はよくなかったように当初は思えた (観測期のもっと早い時期の視直径の大きい条件では、アキダリウム地域のサイクロン様白雲の活動がつまびらかになったのとは大違いで)。しかしながら、2014年6月の後半 (λ=150°Lsの直前)には、いくつかの画像でウトピアの白雲片の形態の変化が示されているようだ。この時期以前の観測では、白雲活動はかなり単調で、無構造に見えた (解像度の低いレベルでの話だが)。しかしλ=150°Ls以降の時期からは、大型の円弧形の様相がしばしば明瞭に観測され、そして少なくとも一片の画像には円弧の内側に透明度のより高い領域を同定できる;これはまさしくアキダリウム地域の“渦状雲”の内部にみられる高透明度領域 (目) にそっくりである。(譯者註1) これは強い低気圧の存在を明瞭に示すもので、正真正銘の嵐ということになろう。(譯者註2) 図4、Paul MAXONの秀逸な画像群を参照。
図4:Paul MAXONによるλ=146°〜149°Ls (6月14日、15日、17日、18日、19日及び20日) の画像。
いくつかの画像には円弧形の白雲が明瞭に見える。
ウトピア白雲活動のλ=155°Ls以降の衰退
7月中旬以降は、この地域には白雲の活動の徴候はもはや全く見られないようだ。したがって、アキダリウムの白雲活動が終焉してから太陽の火心黄経にしておよそ20度に相当する期間後に、ウトピアの白雲活動はまさしく同様に消散したことになる。この時点では、この緯度帯の気象活動にはまだ、秋分 (λ=180°Ls) へ向かっての北極域内部の猛烈なストーム活動への関連はなく、北極域ストームへの定時的な傾動も見られない。2014年のデータは北極フード形成を観察するのに十分ではなかった;これは2016年観測期のわれわれの重要な仕事となる。
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脚注1:これは既に1999年にCMOのチームによって注目されている:-- 1999年五月上旬のウトピア朝雲 –南 政次、1998/99 Mars CMO Note - 05 -from CMO #229:
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/note/9905/05j.html
脚注2:Wang, H. & Fisher, J. A. (2009). North polar frontal clouds and
dust storms on Mars during spring and summer. Icarus, 204 (1), 103-113.
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譯者註1:譯者は、本ノートの著者Christophe PELLIERに宛てた“North
Polar Spiral Clouds in 2012”と題する2014年4月13日付けの英文LtE
(CMO/ISMO#420) で、2012年のλ=113°〜154°Ls期間中のESAのMars Express火星軌道周回衛星の軌道監視カメラVMCによる11画像から作成した火星北極域の画像モンタージュを掲示した。このモンタージュはアキダリウム経度域の“北極域サイクロン”の活動概観を主眼としたものだが、この中の7月9日や7月16日の画像で明瞭なように、λ=136°〜140°Lsの季節で既に、“out
of place”longitude range…“場違いな”ウトピア経度域にも北極域サイクロンの特徴を完備する白雲が出現することを示した。
譯者註2:“これは強い低気圧の存在を明瞭に示すもので、正真正銘の嵐ということになろう”(“This
would be a clear indication of the presence of a stronger low pressure and a truly
constituted storm”) というこの表現は微妙である。本ノートに先立つ、3回のアキダリウム上空の白雲前線活動を記述したCMO火星ノート
(CMO#428、#429、及び#432)の中で著者は頑なまでに、北半球の夏期のアキダリウム経度域のしばしば“目”を伴う“渦状雲”は熱帯性サイクロンのような低気圧性の嵐ではないことを強調し、“グルグル巻きこんだ二つの前線”というよく判らない表現を繰り返していた。今回“正真正銘の嵐”という表現が出てきたのはどうしてか? アキダリウムとウトピアの形態的に類似した円弧状ないしは目を伴う円形の白雲活動は、それぞれ発生機序が異なるというのだろうか?それとも北半球夏期の北極域の白雲活動は正真正銘の低気圧性のStormであることを示唆する研究資料を見つけたのだろうか?
訳者自身は、少なくとも発達した北極域渦状雲は回転して、ある程度移動もして、“目”の部分では周囲よりも温度の高い“cyclone”の特徴を備えているのではないかと想像している。