ISMO
2013/14 Mars Note (#09)
クリストフ‧ペリエ
近内 令一譯
2012年に我々は、火星の遠日点期の最も典型的な気象学的現象の一つをアマチュアによる画像で見事に捉えた:遠日点期雲帯
(Aphelion Cloud Belt:ACB、あるいはまた“赤道帯霧”としてもよく知られている)
である。(日本語での呼称は長年CMOで使われている『赤道帯霧』とし、略称は“ACB”とする:譯者註) ACBについてはCMO#401の2011/2012観測期のMars
Note #03に詳述してあるので参照いただきたい:
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/401/ISMO_Note_2011_03.htm
ここで議論することについて手短に想起してもらうと、ACBは経度方向に分布する淡い白雲からなる雲帯であり、おおよそ緯度にして0゚〜25゚Nの範囲、すなわち赤道と北回帰線の間の緯度帯に見られる。北半球夏期のハドリー循環セルの働きによってこの白雲帯は高高度に形成される。
2014年には、2012年に比較してより詳細な観測記録に恵まれ、これにはバルバドスでのDamian
PEACHによる桁外れに高解像度な画像も含まれる
(第W項で示す)。
T―雲帯分布全面マップと画像処理
図1:青色光フィルター撮像による2014年の火星面マップ。マップは経度で540゚分をカヴァーしている (一周半分)。
観測者のリスト
✸ Damian PEACH (4月15日及び27日)
✸ John KAZANAS (3月19日)
✸ Manos CARDASIS (3月29日)
✸ Mark JUSTICE (4月15日)
✸ Stefan BUDA (4月13日)
✸ Efrain MORALES (3月25日)
✸ Yann LE GALL (4月16日)
✸ Christophe
PELLIER (4月9日及び13日)
2012年及び2010年のマッピングに関しては、青色光画像でマップ作成処理を実施するに当たって、火星地方時の日中の限定された時間枠内の画像のみを選択して、朝夕特有の雲の影響の排除に努めた。この手の気象学的観察には、通常の火星表面模様のマッピングよりもずっと多数の画像データが必要である。2014年のデータは、2012年よりも詳細に富んでいるとしても、奇妙にも皮肉なことに、使える良好なB画像の数量という点で劣っている。結果として選定された時間枠は拡大せざるを得なかった
(わずか2時間幅であった2012年に比べて、2014年では3〜4時間幅)。太陽の火心黄径
(Ls) の範囲は2012年とまあまあ同等だった
(2014年17度、対して2012年14度)。#401のノートでも強調したことだが、もっと多くの観測者たちが青色光画像をISMOに報告してくれないのは実に遺憾である;多くの優れた観測者の画像が、青色光単独画像の添付がないため、火星大気の研究に使えないのである。
U―ACBの全体的な特徴
図2ではACBの興味深い地域的特徴に焦点を当てており、科学的論文にも同様の所見が述べられている。(脚 注)
図2:図1と同じマップであるが、高コントラスト処理を施して雲 (及び着霜部) のみを強調した。
以下のような、概して明るく見える地域的特性が観察された:
1. クリュセ西部
(クサンテ/ルナエ‧ラクス)
上空の明るい部分。MGSのデータではこの地域がACBのうちで最も明るい部分のように見えるが、今回の白雲分布マップでは最輝部ではないようだ。
2. アマゾニス上空の明るい部分。
3. シュルティス‧マイヨールとエリュシウムの間の明るい部分。ここはかなり淡い。近隣には雲を欠く地域や、異なる性状の雲に被われている地域も見られる。
4. タルシス地方の山岳雲
(エリュシウム地域も):遠日点期赤道帯霧からの雲はこのあたりには存在していないように見える。
5. シュルティス‧マイヨール部の雲の欠落。この狭い欠落部はその東側にしばしば、Syrtis
blue cloudを伴う (このマップでは見えてはいるが非常に淡い)。(譯者註1)
6.
エリュシウム東部の白雲の欠落:ここの欠落もまた非常に狭く、全く白雲を欠くこともある。
7.
“アマゾニス円環”とでも呼べる特殊な様相:この経度で赤道帯霧は細く、他の領域の白雲よりも高緯度に寄って見られ、アマゾニスのやや高い標高の台地の北側に位置する。(譯者註2)
V―過去の観測期との比較
図3:先立つ三回の観測期での高コントラスト青色光画像による火星面マップ。
図3では、連続する過去の三回の観測期での火星全面の白雲マップを比較することができ、季節は北半球の春の盛りから初夏までをカヴァーしている。当然ながら、2014年マップは2012年マップに非常によく似た傾向で、これは両観測期とも白雲帯が既に十分に形成されている季節をカヴァーしているからであろう。これらのアマチュアの処理による画像データでは、画質的に、2012年期と2014年期の赤道帯霧の分布に見られる差異が確実なものか否かを判断するには不十分であろう。MGSのデータでは、1999年と2001年の同季節の白雲の分布に幾分かの差異が明確に認められる。
W―高解像度画像所見のいくつか (Damian PEACHによるデータ)
2014年の衝のあった月にDamian
PEACHはバルバドスに遠征し、アマチュアによる恐らく歴代最良の青色光火星画像を得た。それらのうちの二画像はとりわけ高画質で、ACB内部の白雲の微細構造を分解してその繊維状の様相を示し、まるで地球上の絹雲のようである。図4を見られたし。図5に示すのは1999年にHSTが撮った菫色光画像
(F410M) で、Damian PEACHの2014年4月19日の画像とほとんど同じ中央経度であり、興味深い比較が可能である。
図4:Damian
PEACHによる高解像度火星画像。
左:2014年4月19日 (λ=118°Ls, ω=017°W)。右:同4月14日 (λ=116°Ls, ω=086°W)。
画像ディスクの中央付近に遠日点期赤道帯霧が見える;他の地域にも詳細な雲の構造が観察できる。
図5:HSTによる1999年4月27日の画像 (λ=130°Ls, ω=018°W)、F410Mフィルター。図4の左の画像と比較されたし。
2014年は、このところとしては、完全に成熟形成された遠日点期赤道帯霧を的確に観測する最終のチャンスであった。2016年観測期には北半球は夏の後半を迎え、我々は以下の二つの主要観測目標を持つことになる。
1. 遠日点期赤道帯霧の微細なスケールでの雲の変化の観測、すなわち繊維状の絹雲から、対流による雲形成の形態
(房状puffy、もしくは斑状patchy)
への転換傾向の確認。まあこれは最良レベルの解像度が要求されるので、非常に困難であることは間違いないが。
2. 遠日点期赤道帯霧の崩壊の観測。
赤道帯霧は太陽の火心黄径150度あたりで散逸するが、これは次観測期の衝の頃となる。
(脚 注)
Wang,
H., Ingersoll, A. P., Martian clouds observed by Mars Global Surveyor Mars
Orbiter Camera,
Journal of geophysical research, vol. 107, NO. E10, 5078, 2002
(譯者註)
1. ISMO主幹の南
政次が度々言及してきたことだが、“Syrtis
blue cloud”なるものは存在しない。季節によって、朝夕の火星の白霧が像の周辺近くで反射分散や反射散乱によって青色味を帯びて見え、火星像の周縁近くにSyrtis
Majorが位置すると、この巨大暗色模様が暗い背景となって朝夕の霧の青い色調が際立ち
(夜の窓際で燻らす煙草の紫煙、暗い山を背景の鮮やかな虹、等の色調が暗い背景で際立つように)、結果としてSyrtis
Major自体が、朝方もしくは夕方の“bluish
Syrtis Major”として眼視あるいは画像で捉えられる機会がある、ということである。本質的に青色の氷晶霧や氷晶雲は存在しないであろう。
従って、“bluish
Syrtis Major”は火星地方時の日の出直後、もしくは日没直前に観察される現象であるから、遠日点期赤道帯霧を朝霧夕霧の影響を避けて記録する火星地方時の昼日中には出現しようもない現象であると思われる。
2. 図2で、7.“アマゾニス円環”として記述される地域は、実際には古典的なアマゾニス地方とはかけ離れた領域である。たとえば“Oxia
loop”と呼ぶならばまだ理解できる。
日本語版ファサードに戻る / 『火星通信』シリーズ3の頁に戻る