ISMO 2013/14 Mars Note (#05)
クリストフ‧ペリエ
近内令一譯
本ノートは、第一及び第二の2014
ISMOノートの続編である。観測された白雲前線活動の全般的な概括が済んだので、ここでさらにこの観測期に見られた白雲活動の特徴についてより詳細な振舞いの解析を試みたい。この白雲前線活動は、熱帯外低気圧の気象学的モデルによくフィットするように思われる。
熱帯外低気圧モデル
サイクロニック構造、すなわち低気圧構造は地球の中緯度帯に属し、気象学的な活動の中心であり、そこでは極域の冷気と熱帯域の暖気が混ざり合うことが可能となる。そのような温度の異なる気塊の境界部に低気圧は形成され、その主要な特徴は“前線”の形成であり、前線は暖冷気団の境界部を示し、風によって移動していく。強い対流を主要な原動力とする熱帯低気圧とは、熱帯外低気圧は根本的に異なる。熱帯低気圧は非常に温度の高い海面上で形成され、地球上の位置により様々な名称を冠せられる
(大西洋の“ハリケーン”、太平洋の“タイフーン”等)。
火星の北半球の盛夏にマレ‧アキダリウムの北側に観測される低気圧構造は、上記の第一の分類に属する前線を伴う活動であり、その最も強度が高い場合の形態
(円形の白雲)
が地球の熱帯低気圧に非常に類似しているからといって、熱帯低気圧のモデルに適合するものではない。
熱帯外低気圧のモデルは簡単には以下のように説明できる。隣接する二つの気団
(暖気団と寒気団)
の境界部で風の循環がうねり始める部分は“変曲点”と呼ばれる。変曲点の後方では熱帯に向かって冷気が前進し、暖気を持ち挙げて水蒸気の凝結を許し、前線後方のある高度で雲を発生させる:これが“寒冷前線”である。変曲点の前方では熱帯の暖気が高緯度の極方向に進み、寒気の上に次第に乗り上げ、この場合は前線の前方であるが、やはり雲の形成をより拡散した形状で許す:これが温暖前線である。この説明は、現代の気象学的モデルより簡略化されているが、火星画像上で見られる雲を分析するのには十分役立つ。図1に上記の説明を簡略に図示する。
図1:地球の熱帯外低気圧の主要な造作に示すのは、変曲点の位置 (IP)、低気圧の中心の位置 (L)、寒冷前線
(濃青色の▲付き曲線)、温暖前線
(濃橙色の半丸付き曲線)。
HST及びMGSの画像による観測記録の分析
マーズグローバルサヴェイヤー
(MGS) のような宇宙探査衛星は、北極冠の拡大した季節の火星北極域に見られる白雲前線を折々詳細に画像記録していて、それらを丹念に観察すると、熱帯外低気圧モデルの特徴の少なくとも一部を確認することができる。とりわけ、変曲点、寒冷前線、最も気圧の低い部位
(低気圧の中心)
の特定はたやすい。他方、温暖前線の同定はずっと難物であり、これはおそらく低気圧の暖かい区域内には雲の凝縮が少ないためであろう。気象学的活動を確認するためには雲の分布の把握が不可欠であることが多く、雲ができない場合には、何がどうなっているかさっぱり判らないことになりがちである。これは地球に比べて雲の少ない火星の分析においては切実な問題となる。図2にはMGSの画像に捉えられた前線で確認できる構造を示す。
図2:MGSがλ=121°Lsで記録した北半球の夏の低気圧 (4画像の合成?)
:元々は“毎年反復する気象現象”として発表された画像。この疑似“渦巻き”には変曲点の尖端が際立って見分けられる。
1999年にHSTによって撮像された有名な“渦巻き”雲は、その後も毎火星年に繰り返される気象現象としてMGSに見い出されている (Celebrating 8 Years at Mars:Repeated Weather Events):
http://www.msss.com/mars_images/moc/2005/09/12/
ここで再び確認できるのは変曲点、メインの寒冷前線、そして低気圧の中心である。しかし円形の白雲の画像にはさらに別の特徴が明らかに認められる。渦巻き全体は対称形ではなく、大まかに言って北半分と南半分で明瞭な違いが見られる:北半分には寒冷前線の本体が認められ、一方南半分の白雲の塊はより大きく、コントラストが低く、北半分に比べてより拡散した雲から成っている。さらに軌道周回衛星の画像による日毎の渦巻きの消長から明らかなのは、南半分の“薄い”方から常に白雲は消失し始め、対して寒冷前線本体を伴う“濃い”北半分はそのさらに数時間後まで形を保ち得ることがある。渦巻きの南半分は寒冷前線本体の一部というよりは、前線の拡散した尾のように見える。したがって、火星北半球の夏の前線活動の渦巻き形状は、単にグルグル巻きこんだ寒冷前線に過ぎないということになる。それ故、渦巻き形状の前線と、単純な曲線状の前線との間には実態の差異はなく、それぞれが形成される際の風のパターンや強度の差が反映されるのであろう。図3及び図4を参照のこと。
図3:HSTが1999年に撮像した低気圧に認められる特徴。点線によって右上半分と左下半分の異なる構造の部分にわけられる:右上半分には主要な活動域が見られ、一方左下半分は活発な寒冷前線活動の引いた尾に過ぎず、雲は拡散して薄い。
図4:火星日の前半での低気圧の変化 (MGS、λ=125°Ls、2001年3月2〜3日、地方時午前7〜12時)。太陽が大気を熱するにつれて白雲は消散していくが、一様な消え方ではない:左側
(尻尾) が先に見えなくなる。
アマチュアによる画像の分析
近年のアマチュア撮像家たちの到達した惑星画像の高解像度レベルにより、かなり詳細な白雲前線活動の分析を示すことが可能になってきた。“変曲点”がしばしば確認できるようになり、これによって低気圧の中心の正確な位置の確認が可能となった。図5にいくつかの例を示す。
図5:低気圧活動を捉えたアマチュアの画像。
A:λ=118°Ls
(4月25日) BarbadosでのDamian
PEACHの画像、青色光:この画像では変曲点 (赤の矢印)、及び低気圧の中心の位置が明瞭に示されている。
B:λ=124°Ls
(4月30日)
Stefan BUDAの撮像:この画像では低気圧の構造の“二つのパーツ”を見ることができる:一つは後方 (西側)
の雲の濃密な部分 (赤の矢印は変曲点と低気圧の中心を示す) と、他方は前方
(東側) の薄い雲の部分;渦巻き全体の円形の外形はほぼ完璧だが、東側の部分が消散しつつある。
C:別の尖鋭な変曲点の例、λ=129°Ls
(5月11日)
Mark JASTICEの画像:中心部は暗く、完全に巻き込んでいる。
D:白雲前線活動はより複雑な様相を呈することがある。λ=125°Ls (5月3日) のChristopher
GOによるこの画像では、Y字形もしくはT字形を呈する二つの前線を確認することができ、左側の前線が特に明瞭に同定できる。MGSも同様の画像を捉えている。
前線の後方:透明度の高い地域
最後に、火星の北半球の夏の北極域の前線活動に伴う一つの興味深い事実について述べなければならない。火星の画像はしばしば、前線に隣接してコントラストの著しく高い地域を示すことがある。これは大気が非常に透明な地域に違いなく、これによってその部分の表面模様を異常に高いコントラストレベルで観察できるからであろう。これはCMOの読者にとっては未知の現象ではなく、ダストストームの際にも観測されてきている
(CMO管理者の南 政次はこれを“ワインカラーを呈する地域
Wine-Colored Area”と呼んでいる)。白雲前線の場合にはこの現象の説明は簡単で、局地的な水蒸気がほとんど総て高空に押し上げられて目に見える白雲の形成に消費されてしまうからである。これにより、前線の後方の地域は視覚的に透明度を増すことになる;これは地球上でも同様で、前線の通過後の空は水晶の如く澄み切っている
(乱流はあっても)。多くの画像に実例を見ることができる。