ISMO 2013/14 Mars Note (#01)
クリストフ‧ペリエ
近内令一譯
先の火星観測期間中に我々が最も注目して興味を注いだのは、北極冠近傍でのいわゆる“polar
cyclones 極域サイクロン”の観測であり、これはハッブル宇宙望遠鏡(HST)によって得られた有名な1999年4月28日の画像で一般によく知られるようになった気象現象である1)。2014年観測期にはアマチュア観測陣によって非常に豊富な観測データが得られ、これから続くCMOの何号かを費やして分析を進めることになる。詳細に踏み入る前に、この2014
ISMO ノートではこの気象学的現象の総合的概観を述べることにしよう。
その実態や如何に?
その“ハリケーンのような形”でこの気象現象の実態の説明が総て付いてしまうわけではない。問題となるのは北極冠の南縁周囲の、マレ‧アキダリウムの北側のバルティア付近で観測される白雲を伴う前線活動である。円形を呈する気象現象のほとんどは異なる種類の活動ではない:幾種類かの特定の条件や大気の動きがこのような形を造り出すが、活動の実態は同じである。
そこに前線活動が見られるのはなぜか?
火星での前線活動は地球で見られるのと同様の条件下で起こる:異なる温度、一方は冷たく、他方は温かい、の二つの気団の境界部での循環は安定しない。なぜならば、冷気は密度が高いためほどなく暖気団の下に潜り込む傾向を生じ、暖気塊を地面から持ち上げ、湿気を上方に送って、これがある高度に到達すると凝結/凝華して雲となる。二つの気団の境界はこのような雲で明瞭に見分けられ、これが雲を伴う前線を我々が観察できる所以である。
火星では、マレ・アキダリウム北方の条件は独特で、すなわちアキダリアの低い平原と、近接するタルシス高地の中間という地形的環境の影響が大きい。ISMO/CMOの記事で濃密に述べられてきたことだが、この地域は、火星の北半球の秋期、冬期に多発する前線絡みのダスト活動による有数のストームゾーンであり、Mars Global Surveyor (MGS) の発表した科学的データを確認している2)。このストームゾーンは北半球の春期や、特に夏期においてもまだ活発であるが、条件は異なっており、活動パターンも違う。北半球の夏の間は夏期の永久北極冠の周囲の風は西向きであるが、南にかなり離れると東向きの風が流れている。結果としてそこには“低気圧性環流”が存在することになり、極域の冷気と、タルシスやアキダリウムに見られる暖気の混合が可能となる3)。
高解像度の画像では、寒冷前線と低気圧の位置を確認することは概して容易である。図1のMGSのデータと地球での画像の比較を見られたい。
図1:左は2001年3月2日のMGSの青色光画像(λ=125°Ls)、バルティア地域上の湾曲した前線を示している。右の地球の画像では異なる前線の種類を確認できる (青:寒冷前線、赤:温暖前線、ピンク:閉塞前線)。左の火星画像では前線の種類は特定できないが、地球上と同様の尖端形の雲塊により、右端に低気圧が位置することが明らかである。地球の画像はウィキペディア‧コモンズの好意による4)。
このような雲を伴う前線活動はいつ観測できるか?
過去のCMOの記事で既に述べられてきたように、この地域での前線活動は火星の北半球の盛夏特有の現象である。この季節的現象が最初に出現する限界時期は毎火星年のλ=120°Lsあたりである (盛夏はλ=135°Ls)。白雲活動という点ではλ=120°Ls以前には何も観測されないが、前線活動自体はλ=090°Lsの北半球の夏至以前から活発で、よりダスト主体の活動が見られる5)。従って、北極域の季節が秋分に向かって進むにつれてこの地域の前線活動は強さを増していくと推定される。盛夏λ=135°Lsはもう一つの区切りといわれており、そしてλ=150°Lsあたりからはダスト前線と白雲前線の混合活動が見られるようになり、やがて北極域のポーラーフッド (polar hood 極域雲蓋) の最終的完成を見ることになる。2014年観測期のデータがこのあたりを吟味するのに十分かどうか微妙なところであるが、まあ来たるべき2016年火星観測期の注目すべき目玉となることは間違いない。
白雲前線の日毎の消長は如何に?
最後に、1 Sol (火星日) の間の前線活動の消長について少々述べなければならない。明らかに白雲前線は夜の終わり、すなわち夜明け前に形成され、夜明け後の朝方数時間において最も勢いが強い。地方火星時の進行につれて白雲のコントラストは落ちていき、日照加熱によって部分的に消散していく。図2では有名な1999年4月28日のHSTの画像で、朝方と午後の様子を比較する。
図2:HSTにより1999年に観測された円形の白雲前線、λ=130°Ls (青色光画像)。最初の画像では地方火星時 (LMH) で午前7時30分の様子を示す。2番目の画像は同じ対象の午後2時LMHの状態である。6時間以上経過してコントラストは著しく低下しているが、位置の移動はさほどでない。画像はJim BELL/HSTの好意による。極域マップ投影は著者による。
雲の消散とは別に、雲の運動についても議論の分かれるところである。科学者のある一群のいうところでは、これらの円形の形状の白雲は回転すらしていないということで、地球上の同形の対象とはまったく異なる。この丸い形状はぐるぐる巻きの (rolled-up) 前線に他ならない、というのが正解であろう。
しかしながら、数時間での前線の移動は検出されるはずである。この地域での推定される風速は10~15m/s (36~54km/h) である。今期のデータを含めた画像による測定を実施してみたい。
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脚注
1) CMO#416及び#412参照:
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/416/Mn_416.htm
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/412/ISMO_Note_2011_15.htm
2)
2009年パリでのIWCMOでの著者の口演録参照:A
REVIEW OF THE LAST MARTIAN DUST STORMS:
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn5/2009Paris_Meudon_Talks_CPl.htm
3)
Huiqun Wang & Andrew P. Ingersoll, Cloud-tracked
winds for the first Mars Global Surveyor mapping year, JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH, Vol.
108, No. E9, 5110, doi:10.1029/2003JE002107, 2003.
4)
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c0/Mapa_meteorologico_fr.jpg?uselang=fr
5)
H. Wang & A. P. Ingersoll, Martian
clouds observed by Mars Global Surveyor Mars, JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH,
VOL. 107, No. E10, 5078, doi:10.1029/2001JE001815, 2002.