もう間もなく我々は2004年火星接近期の衝の月に突入することになり、この赤い惑星を観測し、撮像するに当たっての最も重要な提言をここに掲げる。本稿で扱う内容は幾つかの項目に渡り、火星の現象そのものから、デジタル撮像テクニック等々を含む。
一定の時間間隔で観測すること
このアドヴァイスは目新しいものではないが、観測者は必ずこれを肝に銘ずるべきである。火星の気象現象は毎時目まぐるしく変化する―ちょうど地球の雲の活動のように。両惑星の大気活動システムには多くの共通点がある。水蒸気や氷晶から成る火星の白雲についてはこの変化の激しさが特に目立つ。白雲の活動は日照、大気の対流、気温等の影響を直ちに辿って変化し…そしてこれを我々が辿って追求観測するのは実に面白いが、これを本格的に研究するには数時間をカヴァーする観測データが必要である! 朝方の霧に特に限って言えば、これは日が昇ると速やかに雲霧消散するし、山岳雲は火星の午後にムクムクと生長するし、他にも色々と細かい面白い気象現象が目白押しである。もちろん一時に何名もの観測者が観測データを取って集めれば、優に数時間をカヴァーするデータが得られるチャンスは増す
(これは一人ずつがたったワンショット画像を撮っただけでもそうなる)
のだが、しかしながら、まず第一に我々一人一人にはその時間帯に他に十分な人数の観測者が活動しているか知る由もないし、そして第二に画像処理はそれぞれの観測者によって大きく異なる場合があるので、単独の観測者の連続データの方が現象の比較検討が楽なことさえある。
ということで、自分自身の観測上の制約はともかく、とりあえず一回のセッションで、できれば2シリーズは観測データを得るようお奨めする!特にその晩のトップクラスの画像だけを送るようなことはしないように。昨シーズンの2012年には我々は、白雲の毎時の連続的変化を分析した論文を発表した
(タルシスとエリュシウムの山岳雲、そして“高高度雲”について…)
。その分析については、上記のアプローチシステムの恩恵を大きく受けた。また大きなダストストームの活動については、2014年の今期の内に観測にかかるかどうかも判らないうちに言うのは時期尚早かもしれないが、やはり定期時間間隔での観測の恩恵を受ける。但し逆に、我々の考えるところでは、白雲の活動と異なってダスト雲は火星時の日中には巨視的な変化を見せないことに注意する必要がある。
どのようなリズムで観測すればよいのか? ISMOでは40分間隔での観測を推奨する
( 1火星太陽日が、地球時間での24時間40分に当たることによる。連夜のオーバーラップ観測により、同じ経度での気象現象の日毎の比較が可能となる)。 デジタル画像観測については30分間隔でも悪くはないが、1
時間間隔が最長限度だろう。
波長域別の個別画像を提示する
異なる波長域の色調帯で示されるディテールの様相を分析すれば、火星の気象活動の理解に大いに役立つ。赤色域では表面のアルベドーのコントラストが高くなり、また青色域では白雲が顕著に示される。緑色光は火星に関しては特有の情報をあまり含んでいないので、ほとんどの場合興味深いデータはもたらさない
(しかしながら、大いに注目すべきは、正確な色調を得るためには緑色光画像は不可欠 であり、それ故青画像と赤画像から緑色光画像を便宜的にでっち上げてカラー画像合成に用いるようなことをしてはならない。緑色光画像が重要となる例外の一つはダストストームである。これまで常にダストストームは赤色光で明るいと言われてきた―これは間違いない
(正確に言えばほとんど間違いない―ダストのアルベドーの実際のピークは近赤外域の700/750nmあたりにあるからである)。しかし意外と知られていないのは、ダストは緑色光でよりコントラストを増すという事実で、その理由はダストのアルベドーが緑色域を通して優勢に高い
(眼視で黄色く見えるのもこれが原因)
一方、火星の赤い地肌の輝度は緑色光画像上では既に大きく落ち込んでくるからである。また緑色光は赤色光に比べて霞や霧に対する貫通効果が弱く、そのため緑色フィルターは大気中のダストヴェイルの全体的な広がりを捉える能力が高く、一方赤フィルターでは活発なダストのコア部分がよりよく示される。
Mark JUSTICEによる洗練された画像セット。良好なカラーバランスで見事に処理されたRGB合成カラー画像に並べて個別の波長域画像が配置されている。分析に際して最も有効な画像配列。
さて、近赤外域についてはどうであろうか?現実に我々は赤外画像撮像を多用しており、これは火星面のアルベドーのコントラストがこの波長域で強調されて見映えが楽しくなるからであり、また時折シーイングの悪い場合に、我々が使う最長波長域ということで得られる安定した気流の影響を受けにくい像が喜ばれる。他面、IRには深刻な短所もある―何となれば、どんな望遠鏡を使っても赤外域での回折像のエアリーパターンは可視域におけるよりも大きくなり
(光学的な回折法則による)、赤外像の解像度は可視波長域においてよりも低くなる。これは視直径が非常に小さいことの多い火星では特に効いてくる。従って、火星面を調べるに当たってはほとんどの場合赤フィルターで用が足りるだろう。赤外画像は赤色光画像以上のディテールを示さないので、アマチュアの火星研究ではあまり有益とはならない。しかしながら、大規模なダストストームが発生すると赤外域お得意の出番が回ってくる:雲霧霞の貫通効果が高く、他の波長域画像に比べて格段に鮮明にダストのコア領域を捉える。今観測期では季節的に出番はないと思うが。
青色画像を大切に、必ず画像セットに単独提示されたし!!
さて、敢えて〆に大事なことを強調するが、青色光画像を別個に提示することは極めて有益である。青色光のみが火星全面の白雲の壮観を啓示する。ISMOの観測報告者の中にはカラー画像しか送付してこない人もいる―どうかB個別画像も意図的/体系的セットとして組み入れられたし―たとえ自分でシャープな画像と感じられなかったとしても! 昨観測期に何名かの観測者の青色光画像を用いてアマチュアの試みとしては初の遠日点赤道帯霧のマップを私が作成したとき
(CMO#401参照)、幾つかの非常に出来がよくて重要性を持つと思われるRGB合成カラー画像にB個別画像の添付がなかったために、最上のデータを総ては利用できなかったという悔しい思いをしたことを忘れられない。
アマチュア初の青色光画像による2012年の赤道帯霧の分布マップ。このマップはλ=074°Ls(2012年2月21日)~λ=085°Ls(同3月18日)のデータを総合したものである。カラー合成画像では赤道帯霧は淡すぎて判り難い。以下の4名の観測者によるB画像の労作により仕上げられた:Efrain MORALES(6画像)、Damian PEACH(3画像)、Yann Le GALL(3画像)、及びChristophe PELLIER(3画像)。
B画像の撮像及び画像処理の際に気合を入れて臨むことを躊躇してはならない。B画像がしばしばおろそかにされるのは、火星面の地肌の模様の詳細を捉えることに観測者たちの興味が集中するからであろう。しかし、B画像から得られる興味深いデータの数々はさて置き、良好なB画像を得ることによってRGB合成画像の出来がグッと向上することは間違いない。B画像のヴィデオ撮像にはより長い時間をかけるのが賢明である。なぜならばB光像は暗く、結果として撮像フレーム数を減らさざるを得なくなるからである。私の撮像時間には通常、Rに2分間、Gに2分間、そしてBには3分間かけている
(SER時間はもちろん望遠鏡の口径によって変わる)。また、少なくともB画像に対してはWinJuposのderotation機能を使うことをお奨めする。これで、たとえば上記の画像合成はRGBBとなる。
B画像を大事にするということで言えば、RGB合成に使うB画像とは別に、単独の高解像度B画像を撮ってもよいだろう。これで白雲の撮像のためだけにかなり時間を確保できることになる。WinJuposのderotation機能を用いて3ないし5ファイルを一つにまとめるとよい。
最後になるが、B以外のフィルターを使ってさらに高度な火星の雲の撮像を考えてもよいだろう。ラッテン47
菫色フィルターを使えば白雲のさらに際立ったコントラストが得られる。赤い火星の地肌での菫色光の吸収が非常に強いからである。しかしながら通常は、このフィルターを透すと露出が長くかかるためディテールの出方は劣化する
(WinJuposの出番を再び考慮)
し、地球の大気による色分散の影響も大きい。このフィルターの使用を考えるならば、IRブロックフィルターの併用を忘れないように。ラッテン47フィルターの波長透過特性では赤外域に強いリークがあるからである。他方、近年の最新の道具立てでは火星でも菫外域での撮像が可能になってきた。コントラストはさらに強いが、この波長域では火星面が決定的に暗いために解像度は低くなり、撮像者は大幅に短い焦点距離を使うか、あるいはカメラの方で2倍のビニングモードの採用を強いられることになろう。一つの火星観測シーズンに少なくとも数片のラッテン47もしくは菫外フィルターでの画像を最良条件の夜に撮っておくと、興味深い情報が得られるだろう (譯者註)。
短波長域での波長別の火星画像。2012年3月15日に著者が撮像 (λ=084°Ls)、タルシス地域の白雲が見えている。B画像は解像度という点では切れがある。ラッテン47画像はもう少し高いコントラストを示すべきだが、この画像では期待はずれとなっている。UVフィルターでは白雲と隣接する地肌とのコントラストがまさしく増しているが、解像度はむしろ落ちている (2X2ビニングで撮像)。
ナチュラルなカラー画像を尊ぶべし
最終の提言はカラー合成画像処理についてである。自然な感じを与えるカラー画像合成処理、すなわちRGB法、もしくは真正LRGB法ということになる。画像処理は最終画像上でディテールがどのように示されるかについて決定的に影響し、そして我々が確信するところでは、画像上に見られる総てのディテール―火星の地肌であろうと、大気の現象であろうと―を均等に重要視した画像表現を目指すことが肝要である。これがRRGB法、あるいはIR-RGB法を避けなければならない所以であり、その理由は、これらの疑似LRGBカラー合成法では最終画像の情報が地肌のディテールの赤色情報にほとんど偏って削減されてしまうからである。もしR画像を輝度像として採用すれば白雲は人工的に弱体化するが、地肌のディテールの様相も同時に劣化させることに注意:赤色光は地肌や雲の情報を総て含んでいる訳ではない;火星の地肌や雲は緑色光や青色光の成分も間違いなく有しているのだ!RRGB画像は通常火星の地肌のディテールを一様な灰色の濃淡で示しているが、一方ISMOギャラリーに載っている最良のRGB画像をよく眺めると、暗色模様の色調範囲が、微妙ではあるが、RRGB画像よりも遥かに豊かで広いことに気付くだろう。もしこの手の“疑似LRGB法”を好む人がいるならば、どうか画像データ上にその合成法を明記されたい
(近年の珍奇な傾向として、惑星撮像でRRGBカラー画像合成法を使いながらそれを記載しない、どころか嘆かわしくもRGB法を装う例さえ見られる)。そして別個にRGB合成画像も添えてもらえればデータとして我々の分析に役立てることができる。
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譯者註:著者のCMO日本語版#375の巻頭論文“火星の赤い表面を菫色で観測する事の意味(2005年接近の經驗から)”を参照されたい:
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/375/CMO375_CPl.htm
また、この論文に対する譯者の批評
(CMO/ISMO#377、0040頁 英文LtE
“Too normal violet image”)も参照されたし:
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn4/CMO377.pdf