ISMO 2011/2012 Mars Note #01

アルバモンスの山岳雲の一回目の極大

クリストフ・ペリエ

(近内 令一譯)


 いまや幕を引きつつある2012年火星接近期の観測ノートでぜひとも取り上げるべきは『火星の“遠日点気候”の開始』であろう。遠日点の気候を最も特徴づけるのは白雲の際立った活動である。火星の北半球の春の後半あたりからこのような白雲の活動は顕著となり、盛夏に至って衰退を始める。火星が太陽から遠いときにこれほど活発な白雲の活動が見られる理由はよく知られているが、ここで簡単におさらいしておこう:春の間に北極域は北極冠が昇華するに連れて相当な量の水蒸気を大気中に放出する;そして火星が遠日点近傍で直面する低温が水蒸気を白雲として凝縮させることを可能にするという次第である。

 火星の2012年接近期はこの季節の始まりを監視するのに最適であった:λ=79°Ls

衝となった33日はLsにして遠日点(213)後わずかであり、北半球の夏至(λ=90°Ls、於2012330)11°前であった。北極冠はこの時期すでにH2Oをほとんど放出し切っており、それに伴って非常に豊富な雲が赤道から北回帰線(25°N)あたりの広い範囲に出現した。

 しかしながら、定められた遠日点気候の期間中に火星の雲が総て活動の最盛期を迎えるわけではない。ここでは興味深い変わり種を吟味してみよう:アルバ・モンスの山岳雲の最初の極大は上記期間より早い春半ばに起こり、その後に他の巨大火山群が独自の山岳雲活動の真っ盛りを見せる頃に一旦減退する。そして他の火山群の雲が薄れ始める盛夏に第二の極大を迎えるといわれている (これは来たる2014年及び2016年に観測でチェックが必要)

 

地質学的データ

 アルバ・モンスはタルシス台地に含まれる太古の火山である。他の有名な巨大火山、たとえばオリュムプス・モンスなどと対照的にアルバ・モンスの起伏は非常に弱い。火山域は広大であるが(1000q径以上)、高度は6.8qに過ぎない。カルデラを含む山体は著しく平坦である。位置は経度で110°W、緯度で40.5°Nで、他のタルシス火山群よりも格段に北極域に近い - 南隣りのオリュムプス・モンスは18.7°Nに位置する。

図1のMOLAの成果によるタルシス地域の地形立体地図を参照のこと。

 

気候的事情

 アルバ・モンスの気候的特異性を説明すると:この火山の山岳雲活動の傾向が他と異なるとすれば、それはその北寄りの位置に起因する:他のタルシス火山群のどのメンバーとも同様に、然るべき十分な量の水蒸気が大気中に供給された後にアルバ・モンスの雲のバーストは起こる:しかし水蒸気は北極域から赤道に向かって移動するのでアルバ領域で水蒸気の量が極大に達するのは他の火山群よりも早い。アルバ付近の水蒸気の量は北半球の夏至のあたりよりも春の盛りの頃の方が多い。他のタルシス火山群は水蒸気の極大を迎えるのに春の終わりまで待たなければならない。

 2012年の火星接近期はアルバ雲の最盛期を監視するよいチャンスであった。検出の好期は衝の数か月前の1月中に訪れた。季節はおおよそλ=050°Lsからλ=065°Lsへと進んだ(春の盛りはλ=045°Ls)。このノートでは今期のアルバ雲はいつ絶頂を迎え、そしていつ消退したかについて検討する。

 

過去の参照事例

 この現象の観測記録は稀である(ほとんど知られてないに等しい)1996年のCMOにこのトピックについてのノートが掲載されていて、主に日本の観測者による1995年の1月下旬の記録を扱っており、「1月の26日、27日及び28日あたりに白雲のバーストが観測され、おそらくそれぞれの日の火星地方時の午後に発生したと思われる」とある(脚注1)。季節はλ=051°Lsであった。Don PARKER (DPk)117(λ=046°Ls)に良好な画像を撮っており、白雲は円形で大きいが非常に明るくはない。HST(ハッブル宇宙望遠鏡)も数週間後の224日にλ=063°Lsで画像を数片得ているが、雲は明るいもののやや小さい。

 惑星科学者の側からは、Huiqun WANGAndrew P. INGERSOLL10年前に、MGSで観測された火星の雲についての非常に興味深い論文を著している(脚注2)。火星の季節ごとの雲の分布の展開地図が数葉示されている(各展開図の季節範囲はLsにして10°15°)。アルバ雲はλ=057°070°Lsの展開図で明らかにより著しい。しかしながらLsの範囲が長過ぎるので我々の考えるアルバシーズンとは折り合わず、残念ながらこの優れた研究の精度デザインは本論攷では役に立たない。

 

火星地方時(LMH)

 火星の現象の多くは火星日ごとの時間の経過にしたがって変化し、特に山岳雲は正午前後に発生し、午後を通して大きく発達することがよく知られている。日ごとの雲の活動について、その位置での火星地方時を算定する試みは著者にとって興味深く感じられた;さらに地球からの視角の変化によって、地球から見える火星像上の同じ場所に同じ地方時の状態を続けて見ることはできないことに注意。したがって、もし雲に関して季節的な変化を吟味することが目的ならば、数週間にわたって撮り続けた画像を比較するなど愚の骨頂である。

 いまやWinJuposソフトは火星面上の太陽直下点の座標(太陽が真の天頂に位置する地理学的座標)を算出し、加えてさらに2種類のデータを与える:火星画像上の模様の位置と太陽直下点との時差(tS)…火星像のどこに1200分の子午線があるかを規定して導かれる:

及びもう一つは模様の位置における太陽高度(hS)。ここではhSは多分あまり役に立たないが、あとで用を成すだろう。さすれば火星地方時(LMH)の算出は容易であり、これはtSの恩恵である(例:tS—2.5:ならばLMH930)。注意すべきはWinJupos24時間制を採用していることで、各惑星時ということであれば24時間37分制になりそうだが、そうではない。

 ということで各画像の中央子午線の経度を示すよりは、ここでは直接比較が可能となるようアルバの雲の位置でのLMHを表示することとしよう。

 

2011年後期での早期の観測

 アルバ雲が最初に観測されたのは201111月で、非常に薄弱な状態だった。最も初期の観測と思われるのはSean WALKER (SWk)及びPeter GORCZYNSKI (PGc) によって112日にλ=024°Lsで記録された画像である;明部は明瞭ではあるが、青色光でさえもこれが雲の現れかどうかは微妙なところである。これが11月末のJohn SUSSENBACH (JSb1128)の画像でははるかに判りやすく、他のタルシス火山群の山岳雲も認められるが全体としては依然として弱い。


 12月の初めには再びPGcSWkの双方がλ=038°Lsでアルバ雲をとらえたが、どちらも写りは数日前のJSbの画像と大差なく、雲は夕暮れの欠け際のごく近傍でなんとか認められる程度だった。12月末Sadegh GHOMIZADEH (SGh)がこの雲を2日続けて撮ったが、いずれも火星地方時の正午過ぎで山岳雲が発生し始める時間帯であり、全体的には依然として著しくない。図3参照。


 

2012年の冬に撮られた地方時夕刻の画像

 アルバ雲の大きさの顕著な増加の最初の明らかな徴候はDPk201218(λ=054°Ls)で撮った画像で見い出された。画像上のこの雲の位置の火星地方時は1700分で午後遅く、ちょうど山岳雲の勢いが強い時間帯である。この画像上で読者諸氏が注目すべきは、タルシス五火山の山岳雲の中でアルバ雲が最大という点であろう:これはアルバ雲シーズン到来の注目すべき兆しである。これは上記で調べた早期の画像にはなかったことで、それらの時期にはオリュムプス雲が最大であったように見受けられる。

 さて図4では20121月から20123月にかけて火星地方時の午後遅くのアルバ雲をとらえたいくつかの画像を比較できる - ほとんど総ての画像で1700分地方時あたりの同地域が示されている。最も目覚ましい画像は119(λ=059°Ls)Freddy WILLEMS (FWl)が好シーイング下に得た数片であろう。これらにはアルバ雲が他のいずれのタルシス山岳雲よりも目立って大きく写っている(さらなる詳細が見分けられることに注意:雲の小さな尾がオリュムプス・モンスの方向に伸びていて貿易風の徴候を示しているのかもしれない;そしてアルバ雲の東端の暗い部分は火星の地肌に投げられた雲の影であろうか?)


 そして多くの観測者たちが極寒に立ち向かっていた2月、3月の間には数片の興味深い夕暮れのアルバ雲の画像が得られており、2月の初めの10日間辺りから(FWl119日の画像セットから三週間ほど後になる)すでにどの画像からもこの雲はスカっと減少を見せている。Silvia KOWOLLIK (SKw)26日の観測ではアルバ雲は容易に見分けられるが、他のタルシス雲よりも大きくは見えない。この所見は210日及び11日のSWkEfrain MORALES (EMr)の画像で確認できるように思われる。図4の最後の画像はさらに一か月後にλ=082°LsDamian PEACH (DPc)がとらえたもので、アルバはLMH17時でなくて16時の位置なのだが、ともかく雲は明らかにさらにずっと淡い。

 

2012年の冬の地方時正午の画像

 地方時正午の画像からも興味深い結果が得られている(5)1月の下旬にFWlと阿久津富夫(Ak)によって良好な画像が得られており(123日、28日、λ=061°063°Ls)、アルバ雲は13/14LMHあたりでダラっと広がったマダラ状態に見える。2月に入って、上記から一か月後には雲は相変わらず大きく広がっているが淡くなっており(FWl224日でλ=075°Ls)、そして3月中旬に見られた明るい色調は地肌の露出によるもので312日のPeter EDWARDS (PEd)の画像には雲は全く認められない。LMH=13(あるいは14)のアルバを示す画像は128日から224日に挟まれた期間中には全く得られていない。Jean-Jacque POUPEAU (JPp)212日にLMH=12時の画像セットを撮り、アルバ雲は128日のAkの画像上のものよりも淡く見えるが、より早い時間帯ということでその差を説明できるのかもしれず、日ごとの消長という観点からは早い地方時の雲は当然より淡いことになろう。


 

 結論として、最盛期のアルバ・モンスの山岳雲を観測するベストの時期を決定する試みとして、地方時の正午の画像と夕方の画像の相互参照は有効であろう。図4と図5からアルバ雲はλ=050°055°Lsで発達し始め、λ=060°065°Lsで衰退し始めることが判る。最も見事な景観が観測されたのは20121月末でλ=060°Lsの直前ないしはその近辺

の時期であった。より高い信頼度を目指すという点で画像数不足の不満足なデータであることは否めないが、次の事は間違いなくいえるだろう;2012年の火星接近期においてアルバ・モンスの山岳雲活動の極大はλ=060°Ls近辺で起こり、これは遠日点の少し前、しかし北半球の春の盛りはかなり過ぎた時期であった。

―――――――――――――――――

脚注 (1): 

Minami M, On the White‐Cloud Activity of Alba Observed at the End of January 1995 at 051°Ls, CMO#179, 25 September 1996.

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/95Note13.htm or

http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmomn0/95Note13j.htm

 (和文) 

脚注 (2):

 Wang, H., Ingersoll, A. P., Martian clouds observed by Mars Global Surveyor Mars Orbiter Camera, Journal of geophysical research, vol. 107, No. E10, 5078, 2002.


日本語版ファサードに戻る / 『火星通信』シリーズ3の頁に戻る