巻頭論攷

LRGB vs RGB:火星撮像に関して

クリストフ・ペリエ (近内 令一譯)

CMO/ISMO #398 (25 May 2012)


English



  火星のアナリストとして、また自分自身で火星を撮像する立場から、筆者は画像処理がディテールや色調に及ぼす影響については非常に重要視している。筆者の見るところ、火星の良好な画像には表面模様のディテールのみならず、大気の状態の詳細も相応に信頼のおける色調で再現が成されてしかるべきであり;従ってこれは単なる解像度の問題をはるかに超えた深遠な話となる。筆者自身の経験から、また我々の惑星観測界の仲間たちによって得られた画像を観察してきた経験から、筆者は長いことRGBカラー画像合成法こそが唯一の選択であると考えてきた。

 RGB法には多くの利点がある。青色光フィルターBの使用により火星の“白い”水の氷晶雲は合成カラー画像上で際立ち、極めて重要な情報をもたらす。緑色フィルターGにより、大気中に舞い上がったダストに見られる黄色い色調が再現される。そして表面模様の詳細の検討についても三色分解フィルターの適用は有益に働く。火星表面部分にも緑色及び青色それぞれの波長域の成分が含まれていて注目を要するからである。

 LRGBカラー画像合成法が導入されてCCD撮像法には重要な進歩がもたらされた。ベースとなる輝度濃淡像(L画像)を得る際に可視スペクトルの全域を使うのではるかに短い露出時間で済むため、RGBそれぞれの単独の像(長い露出を要する)よりも鮮鋭なL画像が得られるのが大きな利点である。 何年も前には各色の像を撮る際にGフィルターや、特にBフィルターでとんでもなく長い露出を(撮像対象によっては数秒もの)要した。しかし2000年台に入ってからはLRGB法はあまり使われなかった。人々は古典的なRBG法を用いたり(20022004年には使用されたwebcamはカラーCCDだったのでほとんどRGB)、あるいは発展型としてRIRや短波長域以外の適当な波長域の画像をベースのL画像として使う“疑似LRGB法”を試したりしていた。このような画像処理法は惑星画像の分析に何の利益ももたらさなかったが、その見た目の良さからか惑星画像界から“真正LRGB法”を事実上駆逐してしまった(脚注1)。この手の方法が火星撮像に導入されたときに、火星の淡い雲を再現するLRGB法の能力について否定的な疑念を表明する人たちもいた。この方法ではディテールを得るために白黒画像を用いるため、火星面の眩しい輝きの中に微妙な雲の詳細は紛れて失われてしまうのではないかというわけである;土星のような表面輝度の低い惑星はこの種の問題については埒外となるが。

 長年の間筆者はRGB法で火星を撮り続けた。上記のような疑念もあったし、また自分自身で真正LRGB法をあれこれ試してみても―2005年には特に気合を入れて色々やってみたが (脚注2)―なんの利点も見い出せなかったからである。しかしここ2~3年の間に事情が激変して非常に優れた真正LRGB法の火星画像を目にするようになったのはある新しい道具―大気分散補正装置(ADCan Atmospheric Dispersion Corrector)―の恩恵である (脚注3)。この装置は2枚のガラス製のプリズムを組み合わせて地球の大気の分散によって生じる色収差を補正軽減する仕組みとなっている。この色収差は、カラーCCDカメラによる画像でも、あるいはモノクロCCDカメラによるRGB撮り分けカラー合成法のどちらでも、画像処理中に各波長域コンポーネントの像を微小シフトさせることで大幅に(青色光では完璧とまでは行かないが)補正することが可能である。ADCを使えば撮像時に色収差はすでに補正され、いまやL画像は本来あるべき鮮鋭さで写ることが可能となる―大気の乱流によるシーイングの影響はもちろん別の話 (脚注4)2011年からADCの世話になり始めて、2012年の火星接近期は筆者にとってLRGBRGB二つの方法を比較テストするよい機会となった。以下に挙げる三種類のテストを実施した:

1)        最新のベストの惑星撮像用CCDチップであるSonyicx618ALAはその特性から見て

ディテールと色調の適正な再現に向いているか?

 2)   LRGB法はRGB法と比較してより高い鮮鋭度/分解能を示すか?

 3)   そして、LRGB法によって火星の大気状態の詳細と火星面の色調とが、RGB法と同等に

正確に再現できるか?

 

 撮像はAstronomik LRGBフィルターセットを使用して、筆者の250 F/32 グレゴリー式を用いて、icx618 CCD装備のPLA-Mx iNOVAカメラで実施された。信頼性の高い比較を行うために、L画像を撮った直後にRGB画像の一揃いを撮像した。わざわざ短い露出で貧弱なRGBそれぞれの画像を得ることのないよう留意した:火星の自転はそれほどせわしくないので、かなりの長い時間に渡って撮像してもWinJuposの画像処理で模様の向きを比較可能に調整できる。LRGBの完全な一揃いの元画像セットを確保するにはおよそ10分間を要する;Lフィルターは毎秒75フレーム(fpsframes per second:露出時間秒の逆数におおよそ比例対応する)で撮像し、R及びGでは60fps、そしてBでは20fpsで撮像した。

 

icx618チップはLRGB火星撮像に向いているか?

 新型のicx618 CCDチップは惑星撮像で現在もっとも結果を出しているセンサーである。これは以前のセンサー(筆者が前に使っていたSKYnyx 2-OMカメラに組まれていたicx424チップとか、さらに昔の色々なモデルのカメラに装置されていたicx098BLチップなど)よりもはるかに感度が高い。しかしながらその特性にはクセがある:もしその感度特性が青色光、緑色光、そして特に赤色光の波長域でicx424にいくらかでも似ていたら、さらに驚くほど高感度になるところだ。Lフィルターは三つの波長域バンドを一つに束ねるので、理屈からいうと波長域ごとに異なるディテールの釣り合いの結果がicx424icx618とでいささか違ってくることが予想される:これはディテールの再現のされ方に影響を与えるだけではない;L画像に反映されるアルベドーの差異は色調をも変化させることになる。

 ここでは単純な目視によるモノクロ画像の違いの観察を実施した(最終カラー合成画像の出来とは関係なく):すなわちモノクロのL画像と、画像処理がうまくいってカラーバランスも良好と思われるRGB画像のグレーレベルのモノクロ画像とを目視比較した。この比較によって色調の差異の影響を除外した画像間のコントラストの違いがわかるだろう。なにか問題点が現出すれば、たとえば火星面の暗いアルベドー模様がモノクロRGB画像よりもL画像上でよりコントラスト高く見えるというような差異が観察されることになろう。結果として、L画像とモノクロ画像との間に顕著な差異は見い出せなかった;

 

図1で何とか見分けられようかという極く微妙な二つの画像間の差異は、鮮鋭度の差、もしくは画像処理の違いに基づいているのかもしれない。ということで、われわれが目視で観察する限り、icx618 CCD チップで撮像された火星のL画像に顕著なバランスの破綻は認められないという結論が得られた。

図1の解説

モノクロのL画像とRGB画像の比較;アルベドーに差があるだろうか?

 

 

LRGB画像はRGB画像よりも高い解像度を達成しているか?

 本稿で扱う比較テストのキモはこれである。この点についても筆者のこれまでの経験では否定的な見解しか得られてこなかった。L画像用の白色全域フィルターを透して見たときの惑星像の安定性のなさに筆者は業を煮やしてきた;同時に狭域フィルターで眺める惑星像はきりりとエッジが立っており、シーイングのよいときにはBフィルターを透してでさえも鋭い像が見えた経験がある。しかしながら2012年の三月終盤にADCの助けを借りてL画像の撮像を始めるや否や、突如としてLRGB合成カラー画像はRGB画像よりもシャープな像を示すようになった。ただし歴然とした差ではない;非常に良好なシーイング下にはしばしばどちらがよりシャープか決めかねることさえあった;しかしとりあえず、いまやLRGB法の優越性は明らかになったと考える。火星の撮像でLRGB法とRGB法の差が少ない理由は明らかで、この惑星が非常に明るいのでRGB法でも十分な光量を確保できるからだろう。土星のように表面輝度の低い惑星の撮像での比較では、筆者が2012年春の土星シーズンに撮り始めたところでは明らかにRGB法の惨敗であった:G光及びB光の撮像時のフレームレートが低過ぎて(露出が長くかかり過ぎて)RGB画像の出来が悪くて、L画像と勝負にならなかった。この土星での勝負でもまたADCは必須であった。今年の筆者の空では南中時の土星の地平高度はわずか35゚しかなかったからである。図2に火星撮像でのRGB/LRGB法の比較を示す。

 

図2の解説

2012年三月30日、同31日、及び四月1日からの三組のLRGB vs RGB比較画像セット。最初の三月30日のセット撮像時はシーイング非常に良好;二つの方法による画像の質は同等。二番目の三月31日のセットは中から不良のシーイング条件下で、明らかにLRGBの方が良好。三番目の四月1日の晩はシーイングかなり良好。髪一筋の僅差でLRGBの勝ち。鮮鋭度の差を抜きにすると、それぞれの画像セットで両方の方法で同等の色調及びディテールの再現が得られていることに注目。

 

 

LRGB画像での色調及びディテールの再現性:画像処理の重要性

 さて筆者の最後の論考はLRGB法におけるディテールと色調の再現性についてである。筆者はLRGBカラー合成法の惑星画像を眺めていつも大いに不満であった;しばしば(真正)LRGB画像は筆者の目にはいささか人工的な不自然さで見えた;とりわけ諸々の色調はダルく、無彩色がかってRGB画像とは雲泥の差を感じた。自分自身でLRGB合成法を開始してわかったのは(何度かすでに述べてきていることだが)、細心の注意を払って正確な画像処理に集中することが肝要ということである。LRGB法の画像処理はRGB法よりもはるかに難しく、デリケートである。この方法の厄介さはつまるところ、最初から最後までモノクロ画像を主体に管理を続けなければならない点であり、これが色彩に乏しいLRGB画像が巷にかくも蔓延している理由である。ここでぜひISMOの火星観測者諸氏に奨励したい概念は、画像の二大要素である“輝度差”と“色差”の融合である:L画像はRGB要素に完璧に溶け込まなければならない:輝度差がそこに感知できなくなったときにこそ初めてLRGB合成画像は成功したと宣言できる。輝度差はそこに厳然と存在して画像の鮮鋭度を高めているが見る者はその存在を感じない。図2に示したLRGB画像はどれも対応するRGB画像と完全に同じ内容の特徴を示している。LRGBの方がシャープかもしれないが色調とディテールについては寸分たがわない。ついでながら、RGB画像を鮮鋭化してより良好にしたものもまたLRGB画像といえるだろう:最終画像同士で両者は区別がつかない。

 LRGB法で上記のような良好な結果を得るためには次の二点についての留意が特に重要である。まず筆者にとって第一に重要なのは色差を確保するために良好なRGBの波長域別画像を得ることである。よくいわれることで、RGBの個別画像は色付けが目的だから像の鮮鋭度は関係ない、というのがある。しかしこれはとんでもない見当違いで、RGBがボケボケでは良好な色調付けなどおぼつかない:L画像で得られたディテールがRGB上で見分けられなければLRGB画像上の火星面模様ごとの色分け彩色などできようもない (脚注5)。これが“弱い色調”問題の原因の一つである。第二の留意点は、カラー画像合成に際してLRGBRGBの輝度レベルの比率が恐ろしく効いてくるというところである。筆者が確認したところでは、L画像がRGBより明るいと“弱い色調”が生じるもう一つの原因となる。今期の火星シーズンに筆者が得たLRGB画像はどれも、LRGBより暗い条件のときにのみ良好な色調が得られた(もちろん暗すぎてはまずい;適度な暗さが肝要!)。ここが融合の暗喩のドンピシャと当たるところである:RGBへのLの融合の度合いと、RGBの質の高さの兼ね合いこそが最終LRGB画像の出来映えを決める要である。図3に示したのは同じLRGB セットから明るいLで処理した画像()と暗いLによるもの()との比較である。

図3の解説

同じLRGBセットからの画像処理法による違い。左の画像合成にはRGBより明るいL画像を用いた。その見た目は彩色が弱く、RRGBの合成像に非常に近い。右の画像合成時にはRGBより暗いL画像を使用した。融合はバランスがより良好に取れていて色調もさらに満足すべき結果を得た。

 

 以上のような適切な配慮に基づいた画像処理が実施されるならば、LRGB合成法はディテールと色調を正確に再現できるか?という問いに対する答えは紛れもなくYesである。そしてLRGB法自体がその原理故火星の雲を不自然に消してしまう効果を持つのではないか?という疑念に対する答えはこれも紛うことなくNoである。そういうことが起こるのは画像処理が適切に実施されなかったときだけである。上に示したLRGB画像上には非常に微妙な捉えどころのない赤道帯霧も見えている;RGB画像上のあちこちに点在する雲は総てLRGB画像にも明瞭に認められる。

 従って筆者の見解では、画像処理に適切な注意を払えばLRGB撮像法はわれわれの火星の画像の質を向上させるためのよい方法であると結論される。しかしながらわれわれの内で中緯度帯に住む者にとってはADC大気分散補正装置の使用は必須である(とりわけ北方居住人にとっては;今後しばらくの接近期には火星の地平高度はどんどん落ちていく)。さて注目してほしいのだが、もし読者がADCを持っていないならば(完成品は非常に高価)WinJuposソフトの最新版を使えば以前よりもはるかに長時間のヴィデオ録画が可能になってRGBの画質も向上する。しかも無料ソフトで!




1) Damian PEACHの頁:

http://www.damianpeach.com/marscolour.htm

あるいは同じトピックの筆者の頁を参照されたい:http://www.astrosurf.com/pellier/marsprocess

2)        2005 SAF Mars Report(フランス語)ではRGB/LRGBの比較についての一節を割いていて、

シーイングが良くても悪くてもRGBが勝るという内容になっている。Part One page 7参照:

  http://astrosurf.com/planetessaf/mars/doc/Rapport_Mars_2005_I-SAF.pdf

3) しかしながら、大気による色分散の補正のためのプリズムの組み合わせの使用はすでにここ

数年間日本の惑星観測者の間で広く実施されている。

4)ADCの効果発現機構のさらに詳しい説明についてはJean-Pierre PROSTのウェブ頁を参照され

たい:

  http://www.astrosurf.com/prostjp/Dispersion_en.html

5) ここでは色差を得るためにRGBフィルターを使っても、あるいはカラーカメラを用いても関係ない。




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