1989年三月中旬には、夕方の南西の空に火星は「おうし座」で木星と並んで光っていた。日没時の高度は40度程と高く、午後九時でも地平高度は15度もあった。しかし、OAA Mars Section Reportによると、この年の二月は近畿一円では記録的な天候の悪さだったとのことで、観測はほとんど捗らなかった。二月後半と三月前半の観測報告者は岩崎徹氏・南政次氏・中島孝氏の三名が記録されているが、小倉の岩崎徹氏以外は観測数がわずかだった。
この年の火星は11 Marで、視直径5.7秒角、Ls=011゚になっていた。北極冠出現の季節だが、中央緯度は11゚Sで確認は難しかったと思われる。
#070の OAA Mars Section Reportには、上記の理由から岩崎徹氏の観測を中心に記述されている。単独の観測からは現象を押さえきれない。追加報告は、石橋力・白尾元理・青木進の各氏から寄せられている。
#070は見開き四ページ一枚の軽量である。記事としては、西ドイツの惑星観測者団体の機関雑誌「MfP」誌の紹介がある。近着の最新号から1988年六月黄雲のヨーロッパ側の観測情報が概説されている。七月のArgyre雲の追跡も紹介されている。
その他、正誤表(No.52〜No.69)が掲載された。